第8話
社用車の中で岩崎が運転しながら説明してくれた。
「いいか、謝罪と打ち切りの話を同時にするんだ。絶対に笑うな。微笑みも浮かべるな。相手の会社にしたら笑い事じゃない。社員のことまで責任を負うんだ。
それから出された茶は飲むな。茶菓子もだ。一切口をつけるな。基本的にはお前のミスは上司である俺のミスだ。それからお前からは余計なことは言わなくて良い。
基本的には俺から謝罪するからお前は一緒に頭を下げていれば良い」
はい、と返事をして切り替える。鏡を確認してもう泣いた跡がないのを見る。
しばらくして到着した金井産業のビルに入る。「お電話いたしました。岩崎と申します」受付嬢はすぐに部屋に二人を通してくれた。
応接室には既に二人の中年男性が座っていた。すぐに女性が入ってきてお茶と茶菓子を目の前に出す。
ーー”手をつけるな”さすがにこの緊迫感の中でそれを忘れることはなかった。
「今回はどういうことでしょうか。契約更新とのご連絡を頂いたはずですが」
「申し訳ありませんが貴社との契約を今期で打ち切りにさせていただきたいと考えております。契約更新のメールにおきましては完全にこちらの手違いです。
申し訳ありませんでした」
二人そろって頭を下げる。長い間頭を下げて、話し終わって外に出た瞬間に緊張が解けてまた涙が出そうになった。
「本郷」その声に絶対に起こられるであろう事を覚悟して、目をつぶってはいと返事をする。
「よくやった。今回は俺が気付けたのもあって最小限のダメージで済んだ。お前も中にいるときは一切顔に出さなかった。ミスはミスだがお前はその後十分によくやった。
これからは同じミスはするな。今回の相手方の顔を忘れずに心に刻め。それからお前に後輩ができることになったら同じミスはさせるな。
さっきも言ったがお前のミスは俺のミスでもある。お前が先輩になった時今度はお前が俺の代わりに後輩を引っ張れるようになれ。失敗も経験のうちだ。
これまでミスしなかったのもよくやったが今回の経験は忘れるな。それからさっき言った言葉もだ。悪かったのはお前の仕事ぶりであってお前自身じゃない」
自分よりも長く頭を下げ続けてくれた上司からのその激励に今度は本当に泣きそうになってしまう。それも見ないふりをしてくれていた。
会社に着いてから、「切り替えろ。お前のミスはもう終わった。もうここからやらなければいい」と励ましてくれた。
会社に入るその背中は、これまでのどの瞬間よりも大きく見えた。
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