第7話
その日陽向はいつも通りに仕事をしていた、はずだった。取引先に契約更新のメールを送ったところでちょうど岩崎がデスクの後ろを通った。
そして陽向の肩を瞬時にどかして送ったばかりのメールに目を通し始めた。その空気は心なしかいつもよりも冷たい。
「おい待て本郷、今何送った。それ金井産業のだろう、昨日の会議で契約打ち切りになるって話しただろ」
その言葉で自分が今何をやらかしたのかを思い知って肝が冷えた。契約を打ち切ることですらそもそも頭を下げに行かなければいけないような案件だ。
それを契約更新の連絡をしてしまったとなったら。これまで大きなミスなく仕事をしてきた陽向にとってこれまで経験したことのないレベルの重大なミスだった。
焦ってメールを送り直そうと返信ボタンをクリックする。その手を岩崎が止めた。「契約打ち切りの連絡ですら電話の連絡だ。こっちの手違いでメールで済むわけがあるか」
いつもよりも怒ったその声はまた陽向に自分がしたことの重さを知らせた。「本郷、今すぐ電話しろ。それで最速でアポ取って謝罪と説明に行く」
「はい」焦る気持ちを必死で抑えて電話番号を確認する。早く電話をかけないといけないと思うのに手が震えて電話番号を何度も打ち間違える。
「岩崎主任っ……「貸せ。俺がかける。お前は謝罪に行く準備してろ。俺も一緒に行くから」
岩崎はそう言ってすぐに電話をつなげて話し始めた。その自分のミスが招いた結果の惨事を主任に説明させていると思うと悔しくてたまらなかった。
すぐにバッグの中身を整えて手鏡で自分の顔をチェックする。岩崎は隣でひたすらに謝罪をしながら頭を下げていて、それに泣きそうになった。
自分が起こしたミスの責任すら自分で取れない。電話一本でさえ自分では繋ぐことができなかった。泣き腫らした顔でなんか謝罪に行けないのに悔しくてたまらなくて咄嗟に上を向く。
そこでちょうど電話を切った岩崎と目が合った。「今すぐ行くぞ……なんて顔してんだ本郷。その顔のまま行くつもりか」
「いやっ、すみません。本当にすみませんでした。すぐ、元の顔に戻しますので」下げた頭と同時に涙が床に二つ落ちる。
「……本郷、顔上げろ。お前がやったことは確かに酷いやらかしだ。相手の企業の従業員にも関わってくる。だからこそすぐ行くんだ。ただ、お前の仕事が悪かっただけでお前自身が悪かったわけじゃない。契約打ち切りになる企業に関してはダブルチェックしなかった俺も悪かった。お前だけの問題じゃない。だから涙拭け。行くぞ」
激怒されると思っていたのにかけられた言葉は優しかった。自分のおかしたミスなのにカバーしようとしてくれて頭を下げてくれる。それにまた涙が出そうになりながらも、それを拭って岩崎の後を追った。
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