第5話

本社での営業としての出勤が決まった日、また陽向は研修初日のように本社ビルの前で立ち尽くしていた。


ここで今日から働けって言うのか、あんなに優秀そうな社員が山ほどいたっていうのに本社の指導係はどこに目を付けていたんだ。あいつらの目は皆節穴なんじゃないのか。本社に入れるならせめてもっと優秀な人間にすればいいのになんでまた私なんかが選ばれたんだか全く分からない。


選ぶならそうだ、私の隣にいたような人を取ればいいじゃないか。あんなに自分から発言してたしプレゼン資料だって私のよりずっと綺麗だったのに。全くなんで私なんだ、節穴社員達め。




そんな考えをしている間に出勤時間ギリギリになっていた。

やばい、さすがに初日から遅刻なんてしたらお叱りを食らうのは確実だ。さすがに初日から怒られるのは駄目だし嫌だし大人としても間違ってる。


陽向は全速力で走って本社の営業部に走った。

結果はアウト寄りのギリギリセーフだった。なんとか息を整えて社員に向けて挨拶を、と言われて多くの社員の前で挨拶をする。さっきの全速力ダッシュのせいか緊張のせいか動悸が止まらない。


「本日から営業部勤務になりました、本郷陽向です。至らない部分は多くあると思いますがよろしくお願いいたします」

それだけ言って自分が下げられる最大の角度まで頭を下げて礼をした。


隣ではもう一人の新卒採用の人が挨拶をしていたが、私より優秀そうだ、と思っただけでその名前すら入ってこなかった。


「では本郷さんは今日からまずは岩崎主任の補助に入ってもらうからよろしくね」

そう言って連れて行かれた自己紹介すら頭から抜けた田中さんだか田代さんだかよく分からないような人に案内されて席に着いた。


「そちらの隣の席が岩崎主任。今はちょうど席を外してるけどこれから来るからちょっと席座って待ってて」


「はい、ありがとうございました」名前は覚えていないので名前を呼んで礼をすることすらできなかった。結局どっちだ、あんたは田中か田代かどっちなんだ。


そしてしばらく待って来たその”岩崎主任”を見て陽向の思考がまたストップした。

研修初日に自分に声をかけてきた、そしてにらみつけてきたあの背の高く威圧感のすごい人。

え、え、え……? 私、この人の下で働くの? この人の補助をしろってこと? いやでもこの人が岩崎さんとは限らない。さっきの田代さんみたいな名前の人は岩崎さんの手伝いをしろって、


「岩崎です。本郷さん、これからよろしくお願いします」


うわ、最悪だ。この人が岩崎さんか……。それに立ち上がってよろしくお願いしますと答えるので精一杯だった。それを境にその日何をしたかの記憶が吹っ飛んだ。

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