第4話
”本郷陽向は本社での営業勤務とする”
その文字を読むのに内定したときと同じだけ、いやそれよりも時間がかかった。その十六文字を理解するのにたっぷり十分かけて、それでもまだ意味が分からなかった。
とりあえず家族にその写真を送って電話をかける。
「もしもしお母さん? ねえこれ今日送られてきたんだけど、これってなんて書いてある……?」
「本郷陽向は本社での営業勤務とするって書いてあるわよ、あなた日本語読めなくなったの? そんなんでやっていけるの? 大きい会社なんでしょう?」
……え、え、え? ホンシャデノエイギョウ? 意味は耳から聞いても入ってこなかった。大体本社って優秀な人材が行くところじゃないの、ていうか営業なんて私にできるの? 営業ってそもそもなんだっけ、営業……ああもうわかんない。
陽向には訳が分からなかった。どう考えても自分は期待されるような場面を見せていない。周りで研修を受けていた人の方がよっぽど優秀に見えたし実際評価だってされているはずだ。普通に考えてそういう場面を見せたような人が本社に勤務するんじゃないのか。本社ってだってその会社の中枢じゃないのか。バカが混ざって良いところじゃないに決まってる。
「本社勤務かどうかなんて新卒からは能力の問題じゃない、関係ないぞ」という父の言葉ももう陽向には届いていなかった。聞こえてさえいなかった。
確かに研修中自分の中での全力は出したし食らいついたとは思っている。確かにあの鬼のような研修で少しは成長できた気もする。でもそれ以上のことは自分には何一つない。周りの社員は元が優秀だったのをさらに伸ばしたんだからそっちが行くべきに決まってる。
本社って大体どこだっけ、本社って確かあの地獄のような研修してたビルだから、ってことは東京……東京?! あの場所もうトラウマレベルで戻りたくないんだけど?!
田舎から出たいとは確かに思った、でもこんなところで働きたいと思ったんじゃない! 私はそこそこの都会でゆったり和やかに働きたかったんだ!
調べれば調べるほど大手企業の本社勤務はハードだの環境が悪いだの支店で結果を出した人が栄転として選ばれるから殆どは中途採用者や長く働いている人だのという情報がわんさか出てくる。こんなところで新卒のペラッペラの私が働ける気は全くしない、辞退……もできない。家に帰って農業するのも嫌だ、でも東京……
仕方なく陽向は本社に出るために東京の住まいを探すことにした。
どこも高い、どこも高すぎて手が出せない、なんでこんなに高いの。こんなんじゃ住めるところなんて見つかるわけない。
必死に調べてなんとか家賃を払えそうな場所を見つけた。多少古いけどもうそんなの気にしていられない。
陽向は前も後ろも塞がれて身動きが取れなくなった。
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