3-3

 依然蘇生し続ける集合体クラスター

 集合体クラスター自体にさほど難はない。あるとすればこのしつこさ。

(思ったよりジュノーの帰りが遅いし、敵に変化の兆しも見られない。……何かあったんだッ!)

 ジュノーの危機に身体は外へ動くも敵に阻まれる。普段複雑な思考も及ばないただの化物が、故意に邪魔をする行為こそ、フレイの心に閉じ込められていた強い殺気が目覚める合図。

 嵌められた、その一言に尽きる。そんな怒りの矛先は不運にも集合体クラスターへ注がれる。

 炎を止め、静かな怒りに湧くフレイに対し、そうと結びつかない敵が再び形を成すが、その瞬間を待ちわびたフレイによる勇猛果敢な鉄拳によって、柔い肉体を簡単に分解されないよう物体そのものを鷲掴み、有ろう事か掴んだ自身の左手に向かって大きな一撃を食らわせたのだ。

「ぐぎゃぁぁあああぁぁああ? あ、ぁあ、ぁああ?」

 想定外の一手がフレイの左手の犠牲の下、集合体クラスターへの攻撃を可能にした。左手は酷く惨たらしい状態だが、身の毛もよだつ残酷な音を鳴らしながら回復を始める。集合体クラスターに至っては通常ある筈のない痛覚にたじろぐも、この緊急事態に対する危機感が全く追いつかないようだ。

 その様子をいいことに、フレイは大きな犠牲を払って痛覚を植え付ける。何度も、何度も。

 普段優しく繊細なフレイが見せる非情さと残忍さには、目を見張るものがある。

 一頻り痛覚を与えた頃、腐りかけたレバーのような軟体の身体が更に軟弱になると、五月蝿いだけの下品なオーケストラを奏でるような、酷く鼓膜を揺らす甲高い雑音が空に向かい弾け出した。それは核が抹消された合図であり、同時にジュノーの無事を知らせる証拠でもある。

「ジュノー? ……ジュノー!」

 恐ろしい雰囲気を纏い、非情な行動を起こしたフレイの怒りは目に見えて鎮火し、我に返った普段の優しい白光は、若干状況にオロオロしながらも無我夢中でジュノーを探し始める。

 まるで二重人格を思わせるような、フレイの変わりようには様々な意味で息を呑む。

 集合体クラスターの痕跡は夜空の藻屑となり跡形なく消え去って行くが、今回フレイはこの生物の最後に見向きもせず、まるで最初から存在が無かったかように罪悪感すら持たないのだから。

 真っ先にジュノーの空間にも灰、つまりは人間の藻屑が舞っていると考え、この暗い空間を一周、注力しながら高い視力で見渡すと、真正面のビルがフレイの関心を奪った。

(あそこだ!)

 確信を持ち、すぐ向かいの高層ビルへ駆け上がると無事ジュノーの姿が視界に入った安堵から一転、通常なら到底有り得ない組み合わせを目にした事でフレイは呆気に取られる。

「君! な、なんでこんな所に? どうして? じゅ、ジュノー???」

 驚きと困惑で頭がこんがらがるフレイに、『君』と呼ばれた人物がここで初めて口を開く。

「やぁ、少年! ……だよな? 声が。どうだ、あの土産は気に入ってくれたか?」

 あまりに嫌見たらしい物言いで、フレイをからかう『№05のあの男』。忘れるはずがないものを冗談交じりで、しかもあの行為を《土産》と言い放った男は、きっとデリカシーが皆無なのだろう。大惨事では済まされない程の行動を、今になって怪訝そうな表情と態度で表した。

「ジュノー、どうしてこの男と?」

 溜息交じりで事の経緯を話し出すジュノーに、得意げな男が堂々とした態度で加わる。

 話の要となる集合体クラスターの核。この男が確実に核を狙って引き金を引いた時点で怪しさ満載だが、その銃弾の巧妙なカラクリは理にかなったものとなる。先ず、男が放った弾は実弾ではなく、血液を使用した発砲であり、一発目は脳の中枢、二発目は項部を狙って狙撃されていた。

 今回、男の未知数な能力により、故意に体内で遺伝子強化させた白血球と赤血球を仕込んだ砲弾で、アイリーンが憑依した肉体が男の抗原に制圧され、使い物にならなくなったようだ。

 アイリーンが保菌者であるように、この男の血液が抗菌薬のような効能を持つのなら、最大の脅威を放った事が原因で、これ以上肉体に留まる事が出来ず、アイリーンは強制的に排除される他無かったのだろう。これが一発目の理由。では二発目の項部、うなじを狙った意味。

 これはジュノーもあの状況の中で導き出した答えでもある。

 あの自意識過剰なアイリーンが自身を心からステラと信じて疑わないのだから、核を置くならば多くの存在意義を持ち、自尊心を満たしてくれる箇所となれば一つしかない。ただ今回、アイリーンに憑依された身体は、事前にメスを施されていた上、核は形と物質を変えていた。

 つまり核を液状化させて元素そのものから書き換え、生贄にされた人間の男の脊髄に注入させて一体化を可能にしていた事から、この悪質さと鬼畜さには何の言葉も出ない。

 そんな中、ジュノーが放った毛髪が意思を持つ核の逃亡経路を絶ち、項部に留める事に注力させて、この男の強化血液を的中させた結果、あのスムーズな撃退を可能にしたのだ。

 つまりこの男、ジュノーたちの変貌から始まり、行動に至るまで終始遠くから悠々と眺めていたと考えた方が辻褄が合う。だからこそ、男の一挙一動はよりフレイを不快にさせる。

「君の目的は一体なんだ? 恐らくこれは意図的に仕組んだ事なのだろう?」

 直球ながら核心に迫るフレイの言葉。流石にアイリーンと共謀したとは思わないが、この男は確実に何かを画策している。それが男の陽気さと余裕に直結しているとフレイは睨んだ。

「目的? 当たり前だ。意味もなく面倒事に身を投じる偽善者じゃなくてね、俺は」

 フレイたちに対して嫌味も散々な発言を吐き散らした後、男はため息をつくと本題に入る。

「情報が欲しい。俺らに刻まれたナンバーと数字の起源と意味、あのバケモンと人間の境界線。あとは……、まぁ、この地球の寿命だな。上位のアンタらなら詳しい何か、知ってるだろ?」

 男は同じ祝福テミスを持つ数少ない同胞。質問の内容も同胞なら一度は辿り着く妥当な疑問。

「答えれば満足するのかしら?」

「……そう思いたい」

「そう、良いわ。答えましょう」

 この一言は内に秘める真実を浮き彫りにして、男の期待がジュノーの肩に重く圧し掛かる。

 フレイの心配そうな視線も受けながら、黒塗りから子供に戻り、吹き荒れる風が髪の間を通り抜けて、揺れる着物が気品と妖艶さを醸し出す環境下、ジュノーは事の真相に触れた……。

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