第三章 3-1

――――……底が見えない空間の中、黒い物体が自分の居場所を侵略して、深く、更に奥深くと、何処までも自分を追い詰める。それは恨みと妬みを込めた強い殺意。

 何故そこまで嫌うのか、何故そこまで虐めるのか、何故そこまで罵倒するのか。

 傷つき悲しむ時間すら与えられず、直接脳に響く声に追い込まれるまま、ただ必死に潜り続ける。最後は空間の深層に辿り着く事で、初めて静止する事を許された。此処は自身の存在さえ確認出来ず、植物も育たないような極寒の中であり、とても殺風景な場所のよう。

 自分は邪魔者として排除され、この絶望を心から失笑される。

 自分の何が悪いのか、何を不快に思うのか、根本から理解に苦しむ。顰蹙を買ったなら包み隠さず教えて欲しい。話を聞く準備も、行動を正す準備も整っているのだから。

 しかしそんな切実な想いすらも、崖の上から蹴り落とすような勢いで全否定される。悲しい感情が目頭を熱く押し上げ、暗い空間に零れた瞬間、この世界は真逆の環境へ変貌を遂げる。

 突然出現した淡く明るく細かな泡から成る小魚型の群れが、まろやかな照明のように暗黒の世界を優しく照らして、この地に秘められた真の情景が露わになったのだから。

 地面は湧き出る温泉のように暖かな泡がポコポコと噴き出し、上昇するかと思えば、上からは七色に光り輝く暖かな雪の結晶が降り注ぐ。上下がそれぞれぶつかると、小さな光を発して弾け飛んでは一瞬で消える。この過程がとても幻想的で、目を離せないほど夢中になる。

 実体を持たない泡の小魚たちが大群となって、それは豪華な歓迎のパレードが行われた。

 笑顔で走り出す自分の心に問い質す。ここが自分が生きるべき場所なのか、生きて良い環境なのか、……と。自分を傷つける者が近づけないこの場所は、まさに天国そのもの。

 これはきっとこの天国せかいに甘んじて、故意に恐ろしい現実から目を背き、全てを忘却する事を選んだ卑怯な自分に与えられた、最初で最後の、ゆめ……――――

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