1-3
瞬く星で飾るはずの夜空は、眠らない街が広がるだけで儚い輝きは無残にも消される。
今、この場で、人類の命運を決定づける事態が勃発するなど想像にもしない人間達が、他人に関心を寄せるなど夢のまた夢。枯渇した脳が欲して止まないのは、自分自身の幸せ。
ただ一つ、招かれざる者がその姿を現すまでは……。
ステラが事の顛末に気付くのは十分すぎる方法で、その存在を主張するのだから。斜め上空から地面に向かって鋭い刀が数多降り注ぎ、敵の動きを完封したのだ。硬いコンクリートをものともせず、肉体を串刺しにした豪快な荒業は、強い怒りと殺意の表れがひしひしと伝わる。
「ジュノー……? ジュノー!」
左手に新たな刀を作り、印象的な赤眼を輝かせて、黒塗りのジュノーが空から降りて来る。
「全く、貴方たちは本当に……」
少々呆れた物言いながらも、ステラを守るように敵の前に立つジュノー。説教云々は後程こっぴどく聞かされる覚悟は持つとして、不穏だった雰囲気は一転して大きな希望に満ちる。
対して、入念な計画を水の泡にされた敵の怒りが収まるはずもなく、刀の檻に阻まれながらも渾身の力で暴れようとする様子は、気性の荒い猛獣を上手く表現している。
「面白いわね、《時間を操作》するなんて。アイリーンの受け売りかしら?」
言葉に毒を添えながら、ジュノーは真の首謀者を名指しした。これはフレイが直面していた傷口の違和感、それが全てと物語る。
膜は柔く、生々しい。ジュノーが外部から確認した膜は、深海のように時間の進みが
更にアイリーンはこの空間に〈回転〉を加えて、フレイに重傷を与えた瞬間だけを操作し、傷つけられる前後を幾度も繰り返ししたと思われる。簡単に例えると、ビデオの動画を超低速で見ながら、同じ場面を寸分たがわず再生と巻き戻しを繰り返すような仕組みだ。
至ってシンプルで地味な行動だけあり、誰でも実現可能な陳腐なカラクリでもある。
ジュノーが膜を、所謂異空間を切り裂いて構造自体を崩壊させた事から、フレイの傷口もみるみる回復していく。その過程をジュノーが確認すると、串刺しの敵を目線から外し、地べたに座り込んでいるステラと正面に向き合った。未だ困惑したままのステラの両手でしっかり掴まれた生物を引き継ぎ、片手で掴むと少し強く締める。粘着く体液で滑り落としそうにもなるが、多くの怒りを買った柔い肉質と小さな体は手加減の無い手の内に止まる。ジュノーの殺意がひしひしと伝わる事で、誤魔化す事すら遅いと悟り、その上平行する物理的な恐怖が追い打ちを掛け、奇怪な産声を上げて叫んだ小さな生物。そう、これが
「あら、今更?」
やりたい放題、好き放題行ったと言うのに、最後の最後で縋る助け舟。相手が敵なのは周知の事実と言うのに、緑の涙を流して懇願する姿勢と厚かましさに、静かな怒りは収まらない。
「私は温和じゃないのよ。非情な現実を地獄で思う存分嘆いてまた戻って来ることね」
哀れみ一つ持たないジュノーは、残酷にも
その反動からか擬態していた抜け殻も形を保てず、本体共々夜空の藻屑となっていく。
「やはり仕掛けて来たわね。傍観するだけで満足出来る質でないのは確かだけれど……」
ジュノーはこの一連の死について、気配を消した最も憎むべき敵、アイリーン特有の性質も利用している。相反するこの二人の目的が、必然的に一致した事で実現したのだから。
つまり
アイリーンも少なからず期待を寄せていたはず、ステラの身体を手に入れる奇跡を……。
比較的弱い部類に入る美しいステラは、敵にとって最も手の届きやすい憧れの肉体の持ち主。
特にアイリーンはステラをゴミ同然に扱い、それに伴う地位も名誉も居場所も略奪し、事実上№03まで上り詰めた厄介な前例を作っている。アイリーンは《未来のステラ》を弄び殺した挙句、その亡骸さえ好き勝手に使った、何者より真っ先に憎むべき《未来人》である。まるで泡のように次から次へと悪知恵が働き、性格も狡猾かつ残忍。天性の詐欺師とでも言うように演技は天才的で、それ故ストレスの発散方法は目も当てられないほど卑劣で悪質極まりない。
ジュノーたちの良心を突いて、手玉の如く転がし続けた代償は重く、有ろう事かこの星々すら所有物同然に扱い、自転車操業状態で自然の叡智を根こそぎ搾取し、雁字搦めの現状に償うものは何一つ残っていない。犯した罪の爆弾は、今にも爆発寸前の花火のように派手で危険。
その上この全責任をジュノー側に擦り付ける愚行に加え、賛同する人間達の卑怯さには心底嘆いた。ジュノーたちが第一線から退いた後、見様見真似で行う政は不正の温床。人間が世界を牛耳るなどと愚かな思想を抱く事自体が、駄々を捏ねる赤子も同然。ジュノーたちが想像した以上に人間と言う生き物は自己顕示欲が強く、残留する良心も嘘で欺き、己を正当化させる。
これは言葉では語り尽くせない人間の本性であり、否定できない黒い感情……――――
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