大誤算
原っぱで追いかけっこをしていた少年が、草むらに落ちていた真っ青なビー玉を拾った。太陽の光に透かしてしばらく見ていると、少年の心の中に低く暗い声が響いた。願い事を言え、なんでもかなえてやろう、と。
その少年が住む地球と呼ばれる星から遥かかなたの宇宙の片隅に、一つの恒星があった。広大な宇宙に青く輝くその星は一つの太陽、二つの月を持つごくありふれたものだったが、そこに住む生物は、大変高度に発達した文明を持っていた。そして宇宙の中で、ひときわ邪悪で醜悪な存在だった。
彼らは自分たちこそ宇宙で最も賢く、最も反映すべき生物だと信じ切っており、他の全ての生命体を自分たちが支配すべき存在だと見下していた。宇宙のどこでもあっという間に行き来ができる宇宙船を持ち、他のどんな文明と戦争しても負けないだけの戦う方法を持っていた彼らは、別の生命体が住む星を見つけると様々な方法で絶滅させ、その星を乗っ取り住みついた。自分たちに十分な星を確保すると、今度は奪った星を別の星の生命体に売り飛ばし始めた。
ある日、彼らは銀河の中心近くにある星を見つけた。その星は水にあふれ、様々な生命体が息づき、何よりその星を照らす太陽は彼らの星の老いさらばえたそれよりはるかに力強く、生き生きと輝いていた。次の侵略する星を見つけた彼らは次にその準備にかかった。
見つけた星にはある程度の文明が存在するものの、その力は沢山の星を征服してきた彼らにとっては取るに足らないものだった。戦力で征服することはたやすい。ただそれではその星の生命体の多くが滅んでしまうだろう。滅ぼすのはその星に住む文明を持つ生命体だけでよいのだ。何より侵略行為ぐらいしか楽しみがない邪悪な彼らは、今までにない「楽しい」方法を模索することにした。
そしてほんの数日の研究で、邪悪な侵略者たちはどうやってその文明だけを破壊するかを考え出した。今まででもっとも強力で、もっとも手がかからない、そして最も残忍な方法。この宇宙に存在するもっとも強力なエネルギーの一つ、「欲望」を利用するのだ。高度に発展した彼らはそのエネルギーを凝縮し、手に取ったものの願いをかなえる魔法のような結晶を作り出した。丸く青い宝石のようなそれは、ある日ひっそりと侵略のためにその星の片隅に置かれた。
やがてその星の生命体は、その宝石を偶然拾い、そしてそれに促されるまま自らの欲望を満たすために願い事をするだろう。その願いは宝石の力で実現し、次々に願いが実現することを知った生命体の欲望は制御できないところまで膨れ上がる。すぐにその宝石をめぐって争いが起き、最後にはお互いを滅ぼしあうだろう。愚かな生命体が滅びゆくさまを観察するという最高の娯楽が始まるのを、彼らは今や遅しと巨大なモニターの前で待ち構えていた。
原っぱで追いかけっこをしていた少年は、草むらから拾い上げた真っ青なビー玉を頭上にかざし、太陽の光に透かして見てみた。きらきらと輝くそれをしばらく見ていると、少年の心の中に低く暗い声が響く。
願い事を言え、なんでもかなえてやろう、と。モニターを見ている邪悪な存在はショーが始まったことに歓喜の声を上げた。さあ、願いを。果てしなく広がる欲望で、自らを滅ぼすがいい…。
ところが、少年の住む町では映画スターウォーズが公開されており、ついおととい少年は父親とその映画を存分に楽しんだ。そしてまだ幼い少年は宇宙のどこかで活躍しているであろうジェダイの騎士を思い胸を熱くし、同様に悪の帝国軍が巨大な宇宙船で自分たちの街に攻めてきたらどうしようと心配していたのだ。だから彼は願った。この宇宙が、平和になりますように、と。
直後、地球からはるかに離れた所で、一つの恒星とそこに住む邪悪な生命体が音もなく消滅した。併せて少年の手の中で真っ青なビー玉はくすんだ色に変わり、あの不思議な声も聞こえなくなってしまった。どうしたのだろうと少年はしばらくそのビー玉を再び太陽にかざしたり、シャツの裾でこすってみたりしていたが、遠くで父親の呼ぶ声が聞こえるとそのビー玉を草原に投げ捨て、声のする方に元気よく走り出した。
おしまい
牧本露伴のSF小噺 牧本露伴 @makiro9999
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