隣
なんとなくソワソワしたまま当日を迎えたこともあり本来の時刻より30分も早く家を出て駅に着いてしまった。
だから僕が先だと思ったのだが。
「おはよ〜」
当たり前のようにベンチに座って待っている彼女を見つけた。というより僕が着いた瞬間に電話がかかってきて見つけさせられた。
「まだ30分前だよね?」
「ちょっと早く着きすぎたかも」
「寒いんだから、それなら家まで迎えに行ったのに」
「まあまあ、行こうでは無いか!お兄さん」
座っていたはずの彼女は気が付いたら僕の前にいて、手を差し出してきた。
昔と何も変わらないな。
それから改札を通るまでのほんの少しの間手を握って、僕らは街に繰り出した。
面白そうな展示があると言われて普段絶対に行かない美術館にきた。
秋の間に撮られた写真や造られた物。空や宇宙に関する展示物。
絵なんて生まれてこの方ノートの隅や教科書に落書きした以外に描いたこともないし、見ることもなかったけど下調べをしてきたと思われる彼女があれこれ教えてくれて非常に楽しかった。
意外と一人で来てる人とか明らかに専門家っぽい人がいたのも興味深かった。僕らみたいな男女のペアはあまり見かけなかった。
しばらくして枯れて落ちている物寂しい並木道に暖かい飲み物をたずさえて2人で座る。そこにあったキッチンカーで買ったものだ。もちろん、僕の奢りである。
この前と違って彼女は僕と反対に荷物を置いたからなんとなく今日は距離が近い。
「もうすっかり冬だね」
「そうだね、年越しがすぐにくるよ」
「また1年始まるのか〜」
履いているブーツの踵でコツコツと音を鳴らしながら彼女は僕の方を見る。
「なんか、やり残したこととかある?」
「やり残したこと……?」
「そう、今年中にやりたかった事とか」
「うーん」
手元のコーヒーがじわじわ冷めるのを感じる。今年やり残したことは思い出せないのに、朝触れた彼女の手の温かさが思い出される。
「僕は特にないかも、君は?」
「私はね〜、告白したかったんだ」
「え?」
好きな人がいたのか、と思った。好きな人がいるのに僕と2人で出かけてていいのか?と思った。
「そーちゃんのことがずっと好き」
今度は驚いて言葉が出なかった。
そーちゃんって僕?僕だよな、?この子の知り合いの別のそーちゃんの可能性は、なかった。
「私と付き合うのはどうかなあ?」
こんなに寒いのに頬を染めて僕を見つめる君が、僕以外の誰かを想っているなんて有り得なかった。その言葉が僕に向けられたものと理解してなんだか、僕まで、あつい。
「そーちゃん?」
「ちょ、ちょっと待って」
どんな顔をして何を言えばいいか分からなかった。
あの日友人に言われた日から何度彼女が恋人であることを想像しただろうか。何度その思いを否定して幻想を振り払っただろうか。
千紗が僕をすき?
「ほんとに僕であってる?人違いとかじゃない?」
「酷い!めっちゃ勇気出したのに!人違いとか、そんな訳ないよ。颯太くんが好きだよ。
……それで、返事は?」
「僕も、千紗が好きだ」
「ほんとに!?!?」
「ほんとに。君が望んでくれるなら、僕は君の隣に居たい。いや、誰かが君の隣にいるのは見たくない」
すっかり黙ってしまった彼女に今度は僕が手を差し出す。
「千紗、僕は今年やり残したことが出来たみたいだ。ちょっと付き合ってくれる?」
「なに?」
「彼女と、デートしてみたいんだ」
「そんなことでいいの?」
手を繋いで、歩き始める。
あの時と違うのは、僕は彼女の隣を歩いてること。
君と歩く れい @waiter-rei
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