4
僕とこはるちゃんは朝早くに病院を出た。
外はまだ真っ暗だった。
風も強くて、目に砂が入る。いたい。
僕はいままで外出を制限されていたけれど、小春ちゃんとならいいみたいだ。
久しぶりに外に出た。
こはるちゃんは僕をすずめヶ丘小学校に連れて行ってくれるって言った。
こはるちゃんの母校で、僕がいくはずの小学校。
病院から学校までは20分くらいかかるよってこはるちゃんが言った。
2人は手を繋いでいた。
手汗をかいていないか不安になった。
小学校への道は新しい景色ばかりで楽しかった。
信号を待っているときもたくさんのお店を見て楽しい気分になった。
お寿司やさんもあるし、ちょっと遠くには大きなショッピングモールが見えた。
たくさんの車やバイクも行き交っている。
「こはるちゃん、あの車速いよ」
「そうだね」
信号は青に変わり、僕たちは歩き始めた。
ここの信号は色が薄くて、赤の信号が見えにくい。
それが原因で事故が何度も起きたそうだ。
渡ると、桜並木の道に出た。
隣には川がある。登下校の途中にここで寄り道をしてみたいと思った。
桜はきれいだった。
白っぽい花びらが風にゆれてふわふわしていた。
桜には「私を忘れないで」って言う花言葉があるらしい。
花言葉なんて誰が決めているんだろう。
この桜並木は結構長い。
地面は砂とか土が固まったようになっていて、道の端っこは芝生で花も咲いている。
歩いていると、川の様子は見えなくて、でも水の音が聞こえてくる。
鳥やむしもいるらしくて時折鳴く声が聞こえてくる。
こはるちゃんの手を握る力が強くなった気がしたので、僕もぎゅっと握り返した。
桜並木を抜けて、住宅街をくるくる通ると、目的地についた。
「風雅、これが小学校だよ」
「うわー、広い」
僕は関心してそう言った。
ちょっと古くて、貫禄のある建物だった。
「じゃあ、入ろっか」
こはるちゃんはそう言うと、校門の横の柵に足をかけた。
「風雅いける?」
うんって答えた。
僕たちは無事小学校に侵入できた。
僕は学校の人に見つかるんじゃないかってすごく不安だったけど、こはるちゃんが嘘みたいに堂々としていたから、もういいやって思った。
校門にはいるとすぐに、小さな小屋みたいなものがあった。
その隣にはプールがある。
水色の高い塀に囲まれていて、その塗装はずいぶんはげている。
誰かが忘れていったのであろう小さなタオルが落ちていた。
校舎に入り、靴箱の前で靴を脱ぐ。
こはるちゃんは慣れた様子だったので、やっぱりここに6年間通っていたんだと思った。
「こはるちゃん、あれは何?」
僕は思わずそう聞いた。
「あれはね職員室だよ、先生がたくさんいるの」
「先生!」
僕は声をあげた。
「先生っていろんなことを教えてくれる人だよね!すごい!」
こはるちゃんはちょっと切なそうにそうだねって言った。
靴箱は1年生から6年生までの分が全部この場所にまとまっているみたいで、たくさん並んでいた。
こはるちゃんが職員室と言った部屋がその横にあった。
全部が木造で古かったけど、きちんと掃除がされているみたいだった。
階段はギシギシゆってちょっと不安な気持ちになった。
こはるちゃんはいろんなものを見せてくれた。
コンピューター室に家庭科室に理科室。
階段を登ったり、廊下をあがったりして、僕たちはついに最上階まできた。
奥には物置みたいな教室が2室あって、一番奥の部屋の前に立って、こはるちゃんが言った。
「風雅、ここが小春が勉強してた部屋だよ」
僕は走って回った。
畳が30畳くらい入りそうな広い教室だった。
上から照明が吊り下げられていて、窓も大っきかった。
床はギシギシいって今にも抜けそうだった。
段ボールに入った荷物が四方にあって椅子や机がまとめておいてあったが、後ろのスペースは空いていて、作業ができるようになっていた。
こはるちゃんは何かを思い出すように静かにしていて、不安だった。
「小春ちゃん?」
小春ちゃんは今日朝からずっと顔が暗かった。
こはるちゃんは意を結したように言った。
「私ね、生まれてきたくなかった」
驚かなかった。
僕も同じことを思っていたから。
でも小春ちゃんは全部持っている。
親も経験も。
それがいいことかは考えたことはなかった。
うたやましかった。自分以外のみんなが。
「僕は小春ちゃんが生まれてきてくれてよかった」
「こはるちゃんがいなかったら、僕死んでたから」
こはるちゃんは泣いた。
かわいそうに思った。同情とかじゃなくて、この人と同じ思いになりたいと思った。
この人だけを苦しませるのが嫌だった。
こはるちゃんに身体を寄せて背中をさすった。
「こはる…」
どうしたらこの人を守れるだろう。
そんなことばかり考えて、気づいていなかった。
突然、小春に抱きしめられた。
ちょっと痛かったけど、嫌じゃなかった。
潰れそうな感覚が気持ちよかった。
愛されていた。
小春は息が荒くて、以上に嬉しそうだった。まるで酔っ払っているみたいに。
僕も嬉しかった。
「風雅すき」
いきなりそんなことをつぶやいたかと思うと、何度もうなされたように、すきと唱えた。
僕も好きだった。
熱が急に集まり出して、僕は思わず立ち上がって逃げた。
小春の熱さがまだ身体中にあった。
廊下まで走った。
床に体をたおすと体は冷やされた。
汚いとかは考えられないくらい、必死だった。
好きだった。小春が好きだった。
夢中になっていた。全身に力が入る。
初めての感覚に体が震え、止まらなかった。
しばらくたって、小春に会いたくなったが、こんなことだめだと誰に教えられたかわからない常識が叫んでいた。
でもよかった。
もう死んでやる。死んだ子供に文句を言う大人などいないだろう。
小春のいる教室まで早足でもどる。
「ふうが…?」
小春ちゃんは困ったような顔で名前を呼んだ。
「あの、ごめんね、ふうがその
小春がそう言いかけるのを自分の口で止めた。
馬鹿みたいだった。
こんなガキが何してるんだって、常識が言うのに心が小春に会いたいって懇願していた。
こはるはまた涙を流した。
僕の前では小春はないてばかりいる。
「小春が好きって言っていいかな」
小春は喜んでいた。
目が、口が鼻が全部が笑った。僕もそうなってたと思う。
小春を求めていた。お互い同じ気持ちでいた。
2人は一緒になった。
気がつくと僕は眠っていて、起きたのは日が一度沈んで、まだ登らないくらいの時間だった。
看護師さんの電話で飛び起きた。
プルルルルるるる
風雅は電話をとった。
すると、ひどく焦ったような山本さんの声が言った。
「もしもし、こはるちゃん!今どこ?」
「あの、」
僕が控えめに声を出すと、ああ、風雅くんかと言われた。
「ごめんね、こはるちゃんいる?」
そう聞かれてこはるちゃんに声をかける。
「こはるちゃん、起きて」
起きなかった。明らかにおかしかった。
顔も真っ青だったし、唇もまっしろだった。
もう死ぬんだって思った。僕は山本さんに静かに言った。
「起きないです」
「うそ、あと2日あるはずなのに…でも」
もう悔いはなかった。
幸せだった。
窓のドアをあけ、僕は落ちていた。
車は通っていなかった。
ラッキー ゆきな @tamagosann
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