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今日は珍しく目覚めがよかった。


何か良い夢を見た気がするし、すっきりした気持ちでいた。


今日はすごく寒くて、暖房をしていない部屋で吐く息は白かった。


今日もこはるちゃんは僕に教えてくれるって言った。


僕は胸をわくわくさせながら身支度をする。


今日の朝ごはんはなんだろう。


僕は朝ごはんが大好きだった。


昼ごはんでも夜ご飯でもなく「朝ごはん」が大好きなのだ。


朝に食べるごはんは他のよりずっと美味しい気がする。


ごはんの味というより自分の口の中が新鮮で、なんにも味がついてないのがいいんだと思う。


この病院に入院しているひとは食堂にごはんを食べに行く。


うごけないくらいの重症の人は看護師さんが部屋に運んであげるらしい。


食堂は木の暖かみがあるつくりで、結構ひろい。


長いテーブルが10個くらい並んでいて、好きな所に座れるようになっている。


入り口から入ってすぐ奥に厨房があってそこでおばちゃんたちからごはんを受け取る。


仲良しの人たちで集まって食べる人もいるけど、僕はいつも1人で食べる。


別に寂しくなんかない。


クッションのついた。木目のある椅子はすごく座り心地がよくて気に入っている。


今日はそこでご飯を食べたあとにこはるちゃんと屋上で会おうと約束していた。


楽しみだった。


服を着替えて、なんとなく顔とか歯をきれいにして、髪をとかした。


完成。もう7時なので食堂は空いている。


ご飯を食べに行こう。


廊下をてくてくあるいて1分、食堂に入った。


すごく良い匂いがする。


食堂のおばちゃんが挨拶をしてくれる。


今日はだし巻き卵だ。あと豚汁もある。


風雅はこの豚汁が大好きだった。


豚肉はケチらず、たっぷり入っていたし、ねぎも大根もにんじんも入っていた。


味も濃くなかったし、食堂のごはんで一番と言って良いほど美味しかった。


おばちゃんに感謝を述べて急いで椅子に座った。


おぼんを机に置くときにちょっと豚汁をこぼした。


もったいない。


じゅるっと豚汁をのむ。おいしい。


全身に染み込むようなこの感覚。


この感覚はやっぱり朝ごはんじゃないと感じれない。


だし巻きも美味しい。


全部が風雅を喜ばせた。


満足げに食堂をでて、自分の部屋に帰る途中で、こはるちゃんの病室に山本さんがはいっていく姿が見えた。


こはるちゃんと会う9時まであと1時間もある。


風雅は髪をまたきれいにとき、鏡の自分をみつめた。


やっぱり服を変えようかなと思って、黒いスウェットからネイビーのパーカーに着替えた。


1時間の間、無意味に部屋をぐるぐる回ったりして時を過ごした。


まだ15分も早かったけど、屋上に向かった。


階段をとんとん上がって扉を開ける。


重かった。


扉を閉める。強い風がビュって吹いた。


相変わらずこの屋上は景色がきれいだった。


水たまりはなくなっていたけれど、十分きれいだった。


僕は柵に乗り出し、下を覗き込んだ。


もう怖く無くなっていた。


たくさんの色の車が行き交う。


普通の車、赤、青、黒、白。


パトカー、タクシー、バス。


このなかに混じった僕は何色だろうなんて考えた。


とんとんって音が聞こえた。こはるちゃんが来たんだろう。


「風雅くん、おはよう」


そう声をかけられて、嬉しくてつい頬が緩んでしまう。


こはるちゃんのとこまで駆け寄って聞く。


「今日は何を教えてくれるの?」


するとこはるちゃんはいつもにまして嬉しそうにして言った。


「今日はね…おいで」


ぼくはこはるちゃんについていく。


このままずっとついて行きたかった。


ついていくと、昨日見た池の所にきた。


今日も花壇のお花がきれいだった。


「風雅くん、この池」


「うわー、きれい!」


昨日は気づかなかったけど、この池はなんだか透明で、透き通っていた。


池なのか、プールなのかよくわかんないくらいにきれいだった。


すると急に頭を強く掴まれて池中に突っ込まれた。


衝撃で息がもれガボガボと音が鳴った。


息ができなかった。


苦しいはずなのに、嫌じゃなかった。


怖くなかった。


ごぼごぼ、ごぼごぼ。


突然こはるちゃんの手が離れて、僕は我に返ったように水から顔をあげた。


大きく咳き込んだ。


胃に水が入っていたらしい。


気持ちが悪かった。


でもよかった気がする。不思議だった。


こはるちゃんはいままでにないくらい嬉しそうにこっちをみていた。


僕も嬉しかった。


「こはるちゃんにもやってあげる」


僕がそうゆうと、まるで看護師さんみたいな口振りで


「思いっきりやるんだよ、力入れてね」


って言った。


私はこはるちゃんの頭をギュッて掴んで池に押し込んだ。


ゴボゴボごぼごぼ


って勢いよく大きな音が聞こえてよかった。


こはるちゃんが苦しんでいた。もがいていた。


生きていた。


嬉しかった。こはるちゃんは生きている!


どれくらいそうしていただろうか。


こはるちゃんがもうごぼごぼしていないのに気づいた。


僕は反射的にこはるちゃんを水から出した。


こはるちゃんは眠っているようだった。


気絶している。


ぼくは急に怖くなった。


死んでしまう。死んでしまう。


急いでこはるちゃんの胸に耳を当てる。


どくどくしていた。


生きている。


ぼくは安心して座り込んでしまった。


こはるちゃんは素敵な夢をみているみたいに、ちょっと笑っていた。


「こはるちゃん」


こはるちゃん、って何度も読んだ。


僕の名前も呼んでほしかった。



こはるちゃんはずっと笑っていた。きれいだった。


思わず、口に口を乗せた。


その行為がなんなのかも何のためなのかもよくわからなかった。


その瞬間こはるちゃんの目がぱちっと開いた。


僕の胸はぎゅってした。


すると急にこはるちゃんが僕を払いのけて立ち上がった。


こはるちゃんは顔が真っ赤になって、体はぶるぶる震えている。


変な気持ちになった。


全身が震えあがるような感覚。


「さわんな」


こはるちゃんは僕にそう叫んで走って消えて行った。


僕は呆然と立ち尽くすばかりだった。


いつものこはるちゃんじゃなかった。


本物がみれた。


1番好きな姿だった。また会いたかった。


しばらく動けなかった。


池に映る自分を眺めていた。


長めの髪に白い肌。女の子みたいって思った。


テレビに映るアイドルとは全然違った。僕は僕なんだって最近気づいた。


ふと気がついて、走ってこはるちゃんの病室に行った。


こんこんこん


数秒時間をおいて中からどうぞって聞こえた。


入った。


こはるちゃんはベッドの上に座っていた。


部屋は散らかっていて、枕は床に落ちていた。


こはるちゃんは真っ赤な目をしていた。つらくなった。


ぼくが傷つけてしまった。


「こはるちゃん。ごめん」


こんなに胸が痛くなったことはなかった。


こはるちゃんがはじめてだった。


謝ると、こはるちゃんは泣きそうな顔で言う。


「風雅は何も悪くないよ、ごめんね」


謝れるなんて思わなくて少し驚いた。


こはるちゃんに謝られるのは悲しい。


あなたが2度と傷つかないように、そんなことを願う。


「明日もなんか教えてくれる?」


僕はちょっと力を込めてそう言った。


「当たり前でしょ」


僕は笑った。


こはるちゃんも笑った。


いいひでした。





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