あと3日
私と風雅は朝早くに病院を出た。
まだ外は真っ暗だった。
昨日の夜、看護師さんに明日風雅くんと出かけますって伝えた。
外出するときは、看護師さんの付き添いがいる場合がほとんどだが、今回は許された。
もう死ぬ人の頼みとなれば、断れないのかもしれない。
暗くなるまでには帰るのよって言われただけで、特に何もなかった。
目的地は私の母校、すずめヶ丘小学校。
普通の公立小学校だ。校舎が建てられたのは50年程前らしく、きれいとはいえない。
この病院からは歩いて20分くらいかかる。
私と風雅は手を繋いで歩いた。
きっと私たちは姉弟に見えているだろう。
小学校までの道には横断歩道がたくさんある。
信号を待っているときのこの感覚、よく覚えている。
「小春ちゃん、あの車速いよ」
「そうだね、」
2人は歩いた。
こんなに歩いたのは私も風雅も久しぶりだった。
ちょっとかかとが痛くなった。
桜並木の通りだった。私もこの道を何度も通った。
この道で友達とグリコをして帰った。その友達が誰だったのかは全く思い出せない。
最初はぐー、いんじゃんほい
みんなでそう言ってじゃんけんをする。
私は「いんじゃん」じゃなくて「じゃんけん」派だったけど、一番カーストが高い子が「いんじゃん」って言うからみんな「いんじゃん」になった。
グリコで3歩、チョコも3歩、パイナップルは6歩。
何度もやるとだんだん距離が離れて、大きな声じゃないと聞こえないようになる。
1人だけ取り残されて、みんな先に帰っちゃった日をおもいだした。
怖くなって風雅の手をぎゅっと握った。
「風雅、これが小学校だよ」
「うわー、広い」
風雅は感心したようにそう言った。目がきらきらしていた。
「じゃあ、入ろっか」
そう言うと私は校門の横の柵に足をかけた。
「風雅いける?」
「うん」
無事侵入に成功した。この学校はカメラもなければブザーとかもない、たぶん。
不審者が入り放題なのだ。
入ったのが私たちでよかったな。すずめヶ丘。
今日は日曜日、しかも朝の5時なのでだれもいるはずがないのだ。
校舎に入り、靴箱で靴を脱ぐ。さすがに土足で入るわけにはいかない。
「小春ちゃん、あれは何?」
風雅が指を刺したのは職員室、私の嫌いなところ。
「あれはね職員室だよ、先生がたくさんいるの」
「先生!」
風雅は驚いたように声を上げた。
「先生っていろんなことを教えてくれる人だよね!すごい!」
彼は本気で先生を慕い、憧れているみたいだった。
「そうだね」
歩いてり、階段を上がったり、理科室とかコンピューター室をみたりした。
懐かしかった。
そして私が6年生だったときの教室にきた。
3階の一番奥、トイレの隣だ。
今はもう物置みたいになっていた。よかった。
「風雅、ここが小春が勉強してた教室だよ」
そう言うと、風雅は嬉しそうにこの物置を走って回った。
ここで勉強をした、トランプをして遊んだ、授業中に絵しりとりをして怒られた。
思い出していた。小学生の私を。
今よりずっと嫌なことが多かった。
でもずっと生きていた。
少女漫画が好きだった。
「小春ちゃん?」
黙ったままの私を心配したのか風雅は私に近づいてきた。
「私ね、生まれてきたくなかった」
なぜだろう、こんな小さな子に思い話をして、何を求めているんだろう。
風雅は迷いなく言った。
「僕は小春ちゃんが生まれてくれてよかった」
単純に嬉しいと思った。
涙が出てきた。風雅といると泣いてばかりだ。
風雅といるときの自分が好きだった。
やめてほしかった。
こんな私を見ないでほしかった。
風雅は私に身体を寄せてきた。背中に手を回してきた。
私は身を離そうとしたけど、力が入らなかった。
好きだった。
この小さな子供のことが。
「こはる…」
そんな吐息が肩にかかる。
耐えられなかった。風雅の薄い身体を潰れるほど抱きしめた。
嬉しかった。これが本当の自分だった。
自分の唇を風雅の首に押し付けた。2人は床に転がった。
はあはあした。
「風雅すき」
そんなことを何度も言った。
頭は真っ白で心はいっぱいだった。
すると急に風雅が立ち上がり、消えた。
熱かった。
・・・
最悪だ。
風雅を傷つけた、嫌な思いをさせた。
自分の欲望のために、わたしは死んだ方がいい人間だ。
風雅がどこかに行き、しばらく経って私は正気を取り戻したのだ。
もう戻ってきてはくれないだろう。
そんなのは当たり前だった。
自分はおかしいのだ。
そう思っていたのに、真っ赤な顔をして身体を震わして、彼は帰ってきたのだ。
「ふうが…?」
「あの、ごめんね、ふうがその
そう言いかけようとしたけど、口を口で塞がれ、最後まで言えなかった。
涙が出そうだった。苦しかった。
口が自由になった。嗚咽がもれ、涙がでた。
「こはるが好きって言っていいかな」
風雅の目がひかり、ほっぺたは濡れていた。
好きだった。
2人は1つになっていた。
いつの間にか日はのぼってていたし、沈んでもいた。
私はずっと眠っていた。
「おきて、おきて」
そんな声が聞こえて私は驚いて飛び起きた。
看護師さんだった。あと、警察みたいな人もいた。
わからなかった。何が起こったのか、本当に何もわからなかった。
警察みたいな人に、身体を触られて、立つよう促された。
経ったとき、ひどく頭が痛かった。
「風雅は、どこですか」
起きた時、かれは横にはいなかった。
きいたのに、誰も答えてはくれなかった。
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