あと4日

8時2分起床。


今日は看護師さんに起こされた。


「小春ちゃんおはよう、今日は遅いね」


べつに遅く起きたつもりもなかったけど、なんとなくはいって答えた。


「今日は採血するからね」


なんでだろう。どうせあと少しで死ぬのに。


何かの研究の資料にでもするんだろうか。


私は左手を伸ばし、採血をしてもらった。


ちょっとチクっとしますねって優しい声で言われた。


宣言通りチクっとして、採血が終わった。


前にも言われたことがあるが、私は極度の貧血らしい。


ヘモグロビンが9もないらしい。


よくわからないがやばいっぽい。


ところで今日も私と話したいという両親に断りを入れ、風雅と遊ぶ約束をした。


今日は風雅が私の部屋に来る。


ちょっと片付けをしよう。といってもこの部屋にはほとんど物はない。


つまらない部屋だ。


風雅のための折りたたみの椅子を出しているとちょうど来た。


こんこん


「どうぞ」


「小春ちゃんおはよう」


「おはよう、風雅」


今日も風雅は元気だ。彼はドアが閉まるのをしっかり見届けて、椅子に座った。


「小春ちゃん、病気ひどいの?」


風雅はとても不安そうな顔でそう聞いた。


「えー、なんで?」


「だって小春ちゃんの病室いっつも山本さん来てるでしょ?」


私の体がこわばる。


言ったほうがいいのかな、余命のこと。


「あんまり良くはないのかな…?」


そう言うと顔いっぱいに不安が広がって今にも泣きそうな顔になった。


だめだ。こんな子にもう1週間も生きられないなんていえない。


「ううん、大丈夫だよ、私強いから」


そう言って笑って見せた。


風雅も無理したようによかったって言った。


「小春ちゃん、学校って行ったことある?」


突然そんなことを聞いてきた。学校。3種類行ったことあるよ。


「うん、あるよ」


「楽しい?」


「うん、楽しかったよ小学校」


そう答えるとため息をつくみたいに僕も行きたいなって風雅は言った。


私も小学生のときのことを思い出していた。






2年生か3年生のころ、


「石野小春」特に文句のつけどころのない名前だ。


だけど、苗字の頭文字にある石の字が悪かったらしく、私のあだ名はイシになった。


イシ菌というものができ、石野触ると石になるぞーってみんな私から逃げた。


小学生によくあるいじめだ。


してる側からしたらよくあるやつだ。悪いことしたなあ、なんて思うのかもしれないけど、された方はたまったもんじゃない。


イシ菌。


菌呼ばわりされたこと、当時はそれがショックで家でわんわん泣いた気がするし、何があったのか吐けと父親にブチギレられた気もする。


しぶしぶ、両親にされたことを言うと、2人は静かに怒った。


ブチギレたりはしなかった。


そして私の知らないうちに学校に電話をしたらしい。


次の日の学級会はわたしがいじめられたことについてが議題だった。


最悪の議題だ。今思えば担任が畜生すぎてびっくりするのだが、幼いわたしはこの議題になったことをなぜかよろこんだのだ。


謝ってもらえるとでも思ったのだろうか。


「まず、なんで石野さんをイシ菌なんて呼んだのか、話し合ってみましょう」


黒板に大きくそう書かれた。


イシ菌を広げたガキ大将みたいな男子がこう言った。


「なんか汚いし、菌っぽかったから」


続けて悪気なさそうに女子が言った。


「だって石野さん、やめてって言わなかったもん、一緒に楽しんでると思ったもん」


私は驚いて何もいえなくなってしまう。


「石野さん、ほんとに嫌だったんですか?親御さんが話を大きくしただけじゃないんですか?」


担任が私にそう聞く。


とんでもない、これは私が責められるなんて思ってもみなかった。


違いますって叫びたかったけど、どうしても喉が渇いて、手も震えて、前を見ることができずに、返事をすることができなかった。


「じゃあ、みんながしたことは悪いことだと思いますか?話し合いましょう」


次にそう書かれた。


1学期のころ仲良しだったみくちゃんが言った。


「私たちもちょっと悪かったけど、石野さんも悪いと思います」


私は驚いてみくちゃんをみたけど、目を合わせてくれなかった。


「そうですね、他の子はどう思いますか」


先生がそう呼びかけると口々にいじめられる方も悪いって言い出した。


確かにこんなときに反論できない私が悪いってそのときは思った。


私は弱かった。


「じゃあ、石野さんが悪かったと言うことでいいですね」


そう先生が確認すると、みんな大きな声ではーいって言った。


「それでは、謝ってもらいましょう、石野さん前に出てきてください」


私は声も出なかった。身体中から汗が吹き出した。


怖かった。殺されると思った。


当時は学校が全てだったから。


私が声を出せずにいると、ガキ大将が言い出した。


「あっやまれ、あっやまれ、あっやまれ!」


それは伝染しだして、学級委員の女の子、お調子者のあいつとどんどんどんどん広がった。


「あっやまれ!あっやまれ!あっやまれ!」


ついに無口なあの子まで言い始めた。


めまいがして。心臓ははち切れそうなほどバクバクしていた。


そこから先のことはよく覚えていない。


嫌な記憶は自分を守るために忘れるって聞いたことがある。


忘れてよかった。何が怒ったのかわからないけど。


「小春ちゃん?」


風雅が心配そうに私の顔を覗き込む。


わたしは笑顔を作った。こんな小さな子を心配させるなんてダメだ。


「小春ちゃん、僕小学校いってみたい」


きらきらした目でそう言う彼。この目を絶対に曇らせてはいけないと思った。


風雅の夢は絶対叶えたいと思った。


「風雅、明日小学校一緒に行こっか」








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