あと5日

翌朝は5時20分に起床した。


最近朝はひどく冷える。 寒い。


朝に顔を洗うための水もすごく冷たい。


今日はデニムのパンツにふわふわのカーディガンをきよう。


風雅くんと遊ぶから、動きやすい服装を意識した。


すごく楽しみで思わずニヤけてしまった。


両親は私とゆっくり話がしたいって言ったけど、私は嫌だった。


話すことなんてなんにもないから。


髪をゆっくり溶かして、厚手の靴下を履く。


看護師さんがくる8時までまだ時間がたっぷりある。


それまで漫画を読んでいよう。小学生のとき大好きだった少女漫画だ。


小さいころ友達と2人で漫画家になるって約束したっけ。


その友達はどこかに引越してしまって連絡も取れなくなった。


今だってなれるものならなりたい。


この漫画はヒロインの14歳のこはながイケメンの同級生と恋に落ちるという王道の恋愛漫画だ。


私だって中学生になればこんな恋愛ができると思っていたのに、なにもないまま高校生になってしまった。


3巻を読み始めたところで看護師さんがやってきた。


「小春ちゃんおはよう、今日は冷えるね」


いつも通りの笑顔でやってきた看護師さん。この人はなんでこんなに優しいのだろう。


「おはようございます、寒いですね」


今日も血圧やらなんやらを測って、検査は終わった。


今日は風雅くんは屋上で約束をしているのだ。


看護師さんに感謝を述べて私は部屋を後にした。


屋上は私のお気に入りスポットで唯一私が1人になれる場所だった。


階段を歩く足取りもいつもより軽い。


「風雅くん、おはよう!」


風雅くんは屋上の柵に捕まって下を眺めているようだった。


私に気づくと、笑顔がふわっと広がり、私の方に走ってきた。


「おはよう!今日はなに教えてくれるの?」


「今日はね…おいで」


死ぬのが怖くないって教えるにはどうすればいいかわかんなかった。


屋上の隅には芝生の場所があって、その真ん中にはちょっと大きい池がある。


この池は誰がいつ手入れしているのかわかんないけど、かなり綺麗だ


まっさらで透明だ。


透き通っているのに、底は見えないという不思議な池なのだ。


「風雅くん、この池」


「うわー、きれい!」


無邪気にそう笑う風雅くんが余命1年なんて信じられなかった。


私は風雅くんの頭を掴み、池に突っ込んだ。


暴れる風雅くん、ゴボゴボって、何を言ってるのかは分からなかった。


20秒くらいして私は手を離した。


風雅くんは勢いよく顔を上げて、思いっきり咳き込んだ。


口からは水を吐いていた。


心なしか嬉しそうに見えたのはきっと間違いじゃない。


「小春ちゃんにもやってあげる」


風雅くんがそんなことを言ってくれたので、やってもらうことにした。


「思いっきりやるんだよ、力入れてね」


そう言って私は頭を風雅くんに任せた。


ゴボゴボゴボごお


思ったより強い力で頭を押さえつけられる。


人に溺れさせられるのってこんな感じなんだ…


息ができない。


目を開けることもできない。


ただ目の前に苦しみがあるだけだった。


どれくらい時が経っただろうか、私は気を失っていた。


「こ……ちゃん」


「こは……」


どこか遠くからそんな声が聞こえてくる。


その声が聞こえた後、唇に何か柔らかい感触があった。


はっと目を開ける。


つぶらな瞳と目があう。


唇の感触の意味がわかる。


最悪だ。


意味のわからないほどの怒りが込み上げてきた。


顔は真っ赤になって全身の血が燃えるように熱くなった。


「さわんな」


そう風雅に叫んで私は病室まで走った。


途中で「病院では走らないで」という大きな声が聞こえたけど関係ない。


ドアを乱暴に閉じてベットにダイブした。怒りに任せて枕を投げた。


何に腹を立てているのか自分でもわからなかった。


怒りが収まったと思えば、次は悔しさや悲しみと言ったものが込み上げてきて涙が止まらなくなった。


意味がわからない。


風雅といるときの私は頭がおかしくなっている。


ベッドの上にうずくまって、どれほど時間がたったかわからない。


部屋のドアが叩かれた。


「どうぞ」


入ってきたのは風雅だった。


風雅は私の泣き腫らした目をみて驚いたような顔をしていたが、拳を握って言った。


「小春ちゃんごめん」


私は風雅を傷つけてしまったんだ。


こんなちいさな子を一方的に怒鳴って。


「風雅は何にも悪くないよ、ごめんね」


風雅は安心したような驚いたような顔をした。


「明日もなんか教えてくれる?」


彼はそう言った。


「当たり前でしょ」


2人は笑った。いい日だった。











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