残り6日

6時50分、目が覚める。


ひどく寒い朝だった。


すごく気持ちが悪い。おでこが重い。


朝はいつもこうなる。


ベッドから起き上がり、鏡の前で顔を洗う。


寝起きの自分の姿が映る。醜い顔だ。自分の顔に鳥肌がたった。


今日は朝から両親がくるらしい。


家からこの病院までは車で1時間くらいかかる。


別に来なくてもいいのに。


窓の外はまだちょっと暗い。もう冬になりそうだ。


今日はお気に入りのワンピースを着よう。


このワンピは5000円もしたんだ。


S N Sではデパコスやブランドのお洋服をもってる高校生が溢れかえってる。


親ガチャ大成功のラッキーな女の子たち。


うらやましい。


身支度を終えるともう8時になっていた。


この時間になると、私は毎日血圧を測ったりなんやかんやしないとだめなのだ。


がらがら


「小春ちゃん、おはよう」


たくさんの機械を持った看護師さんがいつものようにやってきた。


看護師さんは私の前で機械のセッティングをしながら言う。


「今日は10時からオリエンテーションあるから来てね」


私は嬉しくって思わず小さく声をあげた。


「ふふ、喜んでくれてよかった」


看護師さんは上品に笑って優しくそう言った。


私は恥ずかしくて、顔がちょっと赤くなっていたと思う。


看護師さんにも脈がちょっと早いねって言われた。


9時50分になった。わたしはスカートを揺らしながら、まっすぐで真っ白な廊下を歩いた。


オリエンテーションが行われるのは奥の大ホール、週に一回、入院している子供たちがボードゲームとかトランプとかをして過ごすのだ。


小さい子で小学2年生、一番年上で高校3年生のだいたい15人くらいで遊んでいる。



いつもは明るく穏やかな感じなのだが、今日は少し違った。


「死にたくないよ!!」


そう言って泣きわめく子供がいた。


その子が暴れるのを看護師2人がかりで止めていた。


とてもかわいい子だった。


「1ヶ月なんて嫌だ!!」


さらにそう叫んで泣いた。


かわいい。


確かあの子は風雅くんだ。前のオリエンテーションでもみたことがある。


私は風雅くんに近づき、看護師さんが訝しげにこちらを見るのも気にせずに言った。


「死ぬのは怖くないよ」


風雅くんは暴れるのをやめ、驚いたように私を見た。


「死ぬのは怖いよ」


「ううん、怖くない。教えてあげる」


そう言って私は風雅くんと手を繋いで駆け出した。


「看護師さん、屋上いってきます!」


ここは8階だから屋上までは2階、階段を上らないといけない。


「風雅くん、登れる?」


彼はふるふると首を横にふった。


よしきた。私は風雅くんをひょいっとお姫様だっこして階段を駆け上がった。


さすが小学生、軽いじゃないか。


10階まで一気にあがり、屋上についた。


「すっごーーい」


風雅くんは大きな歓声をあげた。


でしょって私が言うと、初めて来たって嬉しそうに言った。


彼は屋上を嬉しそうに走り回って散策した。


しばらくそうしていて、私の元に帰ってきた風雅くんは聞いた。


「死ぬのは怖くないってなんで?」


まっすぐな目だった。死にたくないのは当たり前だと言うような顔をしていた。


私にもこんな目をしていたときがあったのだろうか。


「今から教えてあげるよ」


そう言うと私は風雅くんを抱き抱えて屋上の柵から乗り出した。


「ひっ」って声が風雅くんから漏れた。


10階からの景色、この景色を私は何度も見たことがある。


「怖いよ…はなして」


風雅はそう言った。顔は真っ青になっていた。


「怖いの?おかしいな」


「小春ちゃん!はなして!」


風雅くんはそう叫んだ。


この子、私の名前を知っているの?驚いて私は彼を離した。


私が手を離すと、風雅くんは柵から離れた。


泣いているように見えた。


そういえばワンピースの袖口が少し濡れている。


「私の名前を知ってるの?」


思わずそう聞いた。


「知ってる、山本さんから聞いた。」


山本さんとは看護師のお姉さんのことだ。


「ねえ、小春ちゃんは死ぬのが怖くないの?」


そんなことを聞かれた。


「怖くないよ」


「なんで?」


私の手に力が入る。


「生きることの方がずっとずっと怖いからかな」


風雅くんは不思議そうな顔をした。私も風雅くんくらいの年齢のときはどんなに辛くても死にたいなんて思わなかった。


そう答えると風雅くんは近づいてきた。


彼は私の腰に抱きついてきた。


「僕は小春ちゃんが死んだら嫌だ」


全身に稲妻がはしったような心地がした。


脈がどんどんして、からだが熱くなった。


そんなことを言われるなんて。


「ありがとう」


風雅くんは私を離さなかった。簡単に振り払えれる力だったが、私はそうしなかった。


どれほどの時間抱き合っていただろうか。


私たちは1メートルくらい離れた。


風雅くんは「明日も教えてよ」って言った。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る