ラッキー

ゆきな

残り7日

「小春さんは余命1週間です」


私の目の前にどかっと座るこの中年のお医者さんは顔色ひとつ変えずそう言った。


ちょうど昨日の晩御飯を答えるみたいに。


両親は座っていたのに膝から崩れ落ちて叫んだ。


いや、泣いていたのかもしれない。


お医者さんはさらに続けた。


「詳細をお伝えしますので、小春さんは病室に戻ってください」


私は立ちあがろうとしたが母親が私にすごい力でしがみつくので無理だった。


彼女は何度も私の名前を叫ぶ。うるさい。


私のパジャマがびしょ濡れになって不快だった。


しばらくして彼女は急におとなしくなり、私は看護師さんと病室まで歩いた。


私は高校1年生で、9月から今の11月までの2か月ここで入院している。


入院の原因になった病気は教えてもらっていない。


脳に異常があるらしいことぐらいしか分からない。


「ゆっくりしてね」


看護師さんは私を部屋まで送り届けるとそう言って去っていった。


私の部屋は1人部屋だ。大きな窓がある。


でも鍵が何重にもかかってて開けることはできない。


別に飛び降りたりしないのに。


小さくため息をついて、私は着替え始めた。


パジャマの上を脱いで、くまがプリントされたスウェットを着る。


私は上下が揃っていなくても気にしないタイプだ。A型だけど。


余命1週間か、めっちゃラッキーだ。


ちょうど、死にたいと思っていたところだ。


そんなことを考えながらしばらくぼんやりしていると


「小春ちゃん、入るね」


優しい高い声がきこえ、看護師さんと父親が入ってきた。


私のベットのところまで歩いてくるので、私は折りたたみの椅子をだしてやる。


「ありがとう、あのね今日から小春ちゃん、おうちに帰れることになったの」


「よかったな小春、さあ帰ろう」


父親は平然を装ったようにそう言うが声は震えている。


彼は私が死ぬことをかなしんでいるのだろうか。


もしくは兄じゃなくて妹の方が死んでよかったと思っているのだろうか。


私が確か小学生だったとき、急に父親に話しかけられた。


「俺は男だからお兄ちゃんの方がかわいいんだ。お母さんは女だから男のお兄ちゃんの方がかわいいんだ。ごめんな」


って


今思えば父親が幼稚すぎるので、私は気にする必要がないのだが当時はこんな毒親にも愛されたいと思っていたので、盛大に悲しんだ気がする。


無性に喉が乾く。帰りたくはない。


「私、病院にいたいです」


私は力を込めてそう言った。なんでかは分からなかった。


「なんでだ、家はいいぞ、俺の親父が死ぬときはなあ、」


出た。父親の自分語り。こいつは夕食のときは毎回子供の話を遮ってまで自分の話をする。家族に煙たがられているとも知らずにだ。


私は全然恵まれていないが、すごく不幸というわけでもない。


前バイト先の先輩に死にたいって言ったら厨二病って言われた。


言う相手を間違えた。


「まあ、小春ちゃんがそう言うならそうしましょう?」


看護師さんが父親の話を遮ってそう言ってくれた。


ありがとうございます!


「まあ…わかりました」


父親は肩身が狭そうにそういった。


こうして私の最後の1週間が始まった。



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