第19話

青年が彼女と対峙したのは、青年が初めて戦場に駆り出された14の時だった。



しなやかな身体付きで美しく乱舞するヴァン・ヘルシングの娘。



ヴァンパイアのしかばねの頂で、長い黒髪を靡かせ、翡翠の瞳を月夜に光らせる。



返り血を全身にまといながら。



青年は彼女の狂気にはらむ美しさに惹かれ、彼女になら殺されてもいいとさえ感じた。



しかし初めての戦場で怯えが招いたものか、青年は一人のハンターに背後を取られ、背中に深手を負う。



一人一人が生死をかける戦いの最中さなかで負傷者を助ける余裕など当然ない。



細くなる息を荒げ、喧騒の中ひたすら死を待つのみ。




そんな時現れたのが彼女だった。



殺されてもいいとさえ願った彼女が今自分の目の前にいる。



青年は最期に神へ感謝の意を捧げた。




しかし彼女は、あろうことか青年を人気ひとけのない草むらへと連れ出し、傷の手当てを施した。



敵である彼女は何も言わず只手を動かすのみ。



応急措置が終わると立ち上がり、無言のままその場を去ろうとする女。



青年は彼女との繋がりをこのまま終わらせたくない一心で女に勇気を振り絞り声を掛けた。



「何故敵である僕を助けるのですか!!」



去ろうとした足取りが止まると、朧月夜おぼろづきよに照らされる彼女が青年の方を振り返る。



何一つ、曇りのない笑顔で────。



妖艶さも黒さも感じられない真っ直ぐな優しい、温かみのある笑顔。



青年の彼女への想いが憧憬しょうけいから恋心へと変わった瞬間だった。





彼女の強さに少しでも近付こうと鍛練を惜しまず剣の稽古にひたすら励む日々。



しかし戦場で幾度となく彼女を目で追ううちに、彼女の瞳に写るものを知ることになる。



彼女が視線を追う先にいる存在、それは

赤髪の男だった────。



当時赤髪の男は部隊の隊長、青年はその隊の一等兵だった。

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