第56話

「・・・伊東さん、だよね??

ちっちゃいけど、すぐにわかったよ。

ふふっ。」



ハン君が首を傾けながら優しい目を弓型にしならせる。



「・・・は??」



頭を掴まれた男が驚きの声を上げた。



「この子が、伊東織果さん、なんだよ。

見てわからないの??洸太郎こうたろう。」



え・・・?


一瞬で自分の笑顔が崩れていくのが分かった。


今ハン君は、この男の名前を呼んだ・・・


よね??



「・・・分かるも何も俺は伊東織果に会ったことはないんだよ。」



「え??そうなの??

じゃあ2人は、今日が初めまして、なんだね。」



私のお腹から血を吸おうとしていた男が私の顔を見上げる。


その黒いオーラを放つ顔は宗平よりもずっと気味が悪い。



・・・怖い・・・。


2人の話も腹の底も全くみえない・・・。



どういうことなんだろう、


何故この2人はここにいて知り合いのように普通に話しているのだろう。


お尻を片手で支えられるだけで今にも落ちそうな私は何に恐怖を感じていいのか分からない。



でもハン君が涼やかな声で目の前の男の頭をさらに強く掴み始めた。


その証拠にハン君の腕には血管が浮かび上がっている。



「ねえ、洸太郎、


そろそろその汚い手、離して?


いくら可愛いからって、ボクのに触んないで??」



ハン君がギリィッと男のこめかみに爪を立てる。



「ッ・・・この馬鹿力がっっ!」



頭の痛みに顔をゆがませた男が、私を掴んでいたシャツとお尻の手を一気に離した。


「落ちるっ」と心臓が止まりそうな直前に私は一瞬でハン君の腕に受け止められた。



恐怖と驚愕で私の心臓はバクバクだった。



そんな私の鼓動を知ってか、ハン君がそっと

私の額にキスを落とす。



「もう大丈夫。

昨日伊東さんが大学来ないから、ボク嫌われちゃったのかと思ったよ。」



ハン君が私のあらわになったパン一状態を見えないように直してくれた。


紳士的な仕草に思わず私は頬を染める。



でも果たしてこの状況は


私にとって幸か不幸か、



「ボクを、不安にさせないで?


昨日ボクを不安にさせた分、今日は一緒にいよう、ね?」



分からない。

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