第55話

目の前で私を吊るし上げる男がナイフの刃を自らの腕に当てた。


スぅっと横に切り傷が入ると彼の血が滲み出る。


血のついたナイフをそのまま地面に勢いよく突き刺すと、肘を曲げ私の身体を引き寄せる。


こいつが「伊東織果とは本当の姉妹なの?」と言った意味が今になって理解できた。


つまり「本当の妹」であれば私にも「狂喜の血」が引き継がれているはず、


だから血を飲んで自らの傷を治せるのかを試すということだろう。


でも残念ながら「狂喜の血」というのは血縁関係に引き継がれるもんじゃない。


ある日突然産まれた子がたまたま

「狂喜の血」を持っていた、というのが本来の在り方だ。


つまり私は奇跡的な存在。


そのせい・・で母親は死んだのだと昔父親に言われたのを今でも覚えている。




別に血を飲まれることに恐怖はあまり感じない。


なんせ4人に飲まれ慣れているから。


ただ知らない男に無理矢理肌に牙を立てられることに憎悪を感じる。


信頼関係も何もない不法侵入の不審者。


むしろこいつとの関係は出発点からすでにえぐれているのだから。





私のTシャツの裾から見える下半身を見つめる彼が、まるで汚いものでも見るかのように顔をしかめる。



「吸う場所が見当たらないな・・・」



レディの下半身に対してなんだその顔。


あ、そういえば私、昨日お風呂に入ってない!!ざまあみろ!



「・・・まあいいや、お腹にしようか。」



・・・え??


お腹?!



今までにお腹から吸う奴がいただろうか?


男がTシャツを掴んでいる手とは反対の手を私のお尻に回す。


パンいちで下半身をさらしながらお尻を掴まれ、私の女としての人生は本日にて終わりを告げた。



彼の息がお腹にかかると、震えをぎゅっと抑え私は身を固くした。



目を瞑る私の瞼をそっと緩やかな風が撫でる。


その風と供に目の前にいる男とは違う男の声が耳に入った。



「子供にマーキングとかマジキショイ。」



私のよく知る声に思わず目を開ける。


薄栗色の髪を頭ごと掴む、

アプリコット色のマッシュボブに一重瞼ひとえまぶたの男の子。



「ハン君っ!!!!」



彼がここにいることを疑問に思うよりも嬉しさが込み上げる。


ようやく目頭に溜まっていた涙が流れ始めハン君に笑顔を向けた。

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