第2話 魔王の孫の誕生日

「お誕生日おめでとうございます」

「この度は十歳の誕生日を迎えられましたこと、お祝い申し上げます」

「我ら四天王、心よりお慶び申し上げます」

「グルード様の益々のご健康とご多幸をお祈り申し上げます」


 誕生日会は四天王からのお祝いの言葉に始まり、演奏に、ご飯に……と至れり尽くせりだ。王族の守りを固める魔王軍第666親衛隊の皆もお祝いしてくれる。


「フェリヌウス、僕は席を外したいのですが……」

「坊ちゃま、それはいけません。まだ来賓の皆様との挨拶は済まされておりませんし、魔王様の話の最中に席を立つなど許されませんよ」

「そうは言っても、無理なものは無理だよおおお」


 宴会は始まり、今はおじいちゃんの話の真っただ中。僕は緊張に弱いのだ。そのせいでお腹は絶不調だというのに、世話係で教育係のフェリヌウスが離席を許してくれない。

 握っている者にしか声が共有されない魔法道具があるので、他の参列者には僕たちの声が漏れていない。


 護衛騎士のザットに視線を向けると、仕方ないという表情で魔法をかける許可を請うてくる。


「我が主の高貴なお体に魔法を向ける無礼をお許しください」

「許します」


 ザットがかけてくれた治癒魔法のおかげでお腹の調子は収まった。

 緊張は相変わらずだけれど、さっきよりも少しは良くなった。


「ザット、ありがとう。感謝しています」

「はあ……ザット、私たち王族の側近の役目は主を良き王族として教え導き、生活を支えることであって、甘やかすことではありませんよ。坊ちゃまもこれからはどんどんこのような行事に参加することになるのです。緊張しないように努力せねばなりません」

「その言葉は甘んじて受け止めますが、主のことを思ってやったことです。フェリヌウスたち世話係は厳しすぎるのです。護衛騎士の私ぐらい優しくてもよろしいでしょう」


 お母さんの派閥に属するフェリヌウスは、僕を立派な王族にするために厳しい態度で接してくる。僕もそのことがよく分かっているので頑張ろうと思っているのだが、いつでもずっとそのままでいれるわけではない。

 こうしてザットたち護衛騎士が余裕を作ってくれるのだ。


「フェリヌウスもザットも僕思いなのは十分よく分かりました。主人のためを思って魔法を使うのは悪いことではないでしょう? ザットをあまり叱らないでください」

「坊ちゃまがそう仰るのならば咎めはしませんが……」

「それよりもおじいちゃんは何と言っているのですか? 古語の勉強を始めたばかりの僕には少し、難しく感じます。なんとなく、支配下に置いている種族名を言っているような気はするのですが……」


 公式な場でおじいちゃんが話すのは古語だ。

 魔界の歴史は古い。おじいちゃんが魔王になってからよりも、魔界が誕生してからのほうが何百倍も歴史があるのだ。

 僕たちが話しているのは新しい言葉で、同じ魔族であればほとんど通じるが、悠久の時を生きる魔物たち相手では古語を使うしかないのだ。


「その通りにございます。魔王様は支配下に置かれた全ての種族名を列挙し、今のままの魔界が続くことを願われています。魔王の孫としてお披露目するグルード様に大きな期待を寄せているとともに、世代交代を推し進めようとする狙いがあるようです」

「世代交代ということは、おじいちゃんは魔王の座から降りると仰っているのですか? 生涯現役という言葉にあれほどこだわっていたのに何があったのでしょうか。人間界の情勢が芳しくないという噂は本当なのかもしれませんね」

「私たちも詳しいことは知らされていません。……魔王の座から今すぐに退くというわけではないようです。近い将来、その時がやってきても大丈夫なように各種族の首長を決め、魔王軍を強化するお考えのようです」


 ここ数日は僕の誕生日のおかげで普段よりもおじいちゃんや家族と顔を合わせる機会が多かったのだが、そのような話は全く耳にしていない。フェリヌウスも驚いた様子でおじいちゃんの言葉を翻訳してくれるので、彼も知らなかったことなのだろう。

 次期魔王として広く魔界に知れ渡っている父上とおじいちゃんの二人だけの約束だったのかもしれない。僕はこれから先の将来がどうなるのかはよく分からないが、信用する側近の二人が不安そうにしているのを見るとあまり楽観視もしていられないのだと悟れた。


「今の首長たちはヴォヌグス様のもとに、次世代の首長たちは――グルード様のもとに集めることで、魔王としての資質を養い、さらなる魔界の発展を目指す」

「ザット、おじいちゃんは本当にそのように言っているのですか?」

「私はフェリヌウスほど古語には精通しておりませんが、ほとんど間違いないと言っても過言ではないでしょう。魔王さまはグルード様のさらなる成長をお望みのようです。魔王太子軍と魔王太孫軍を作る、そう仰っています」


 魔王の孫、グルード。

 僕は――齢十歳にして軍を持つことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る