第8話リン

 広いフロアで待ち構えていたのは戦闘服に身を包んだ少女だった。

 リンに殺気立った眼差しを向けている。

「侵入者は男だと聞いていたけど」

 リンは答えなかった。

 相手はサブマシンガンを構えていた。リンが所持している武器は拳銃だけ。緊迫した空間の中、リンはじぶんが勝つ方法を探りながら、ゆっくり横を歩いて行った。

 その移動を敵は見守りながら様子をうかがっている。いつ戦闘が始まってもいいように、視線をリンから外さない。

 5メートルくらい歩いたところでリンは急に走り出した。楕円を描くように敵に接近していく。拳銃で確実に仕留められる位置まで行けば勝てると踏んだのだ。

 しかし、そう上手くいくわけではなかった。わかっていたとばかりに、リンにめがけて敵のサブマシンガンが唸りをあげて、連射される。

 それを交わしながら、リンは走っているが、なかなか相手に近づけない。

 リンの左腕が当たってしまった。腕自体は無事だったが、神経をやられたらしく、じぶんの意思で動かせなくなっていた。

 それでも、リンは右手に持つ銃で何発か撃ち、相手の動きを変えさせた。戦闘員だけに、単発の弾は簡単に避けられる。だが、それはリンの罠だった。相手が避けているうちに、リンは接近に成功していた。

 くるりと横転して避けた敵の位置を正確に予測して、リンは二発の弾を撃ち込んだ。

 敵の両脚を狙い撃ったのだ。

 敵の少女は前のめりに倒れこんだ。と、同時にサブマシンガンを落としてしまっていた。それを取り戻そうと手を伸ばしたものの、逆にリンに拾い上げられてしまった。

「こんなはず、、、なぜだ?」

 少女は疑問だった。三人のリンに準ずる超感覚を持ち、戦闘力も相手より上のはずのじぶんがなぜ形勢逆転して劣勢に陥ったのか。

「おまえが戦闘力だけで戦っていたら、わたしは負けていた。勘に頼りすぎたな」

 リンが少女を冷たく見下ろし、話しかけた。

「おまえに超感覚があるはずない。わたしの感覚が反応していない!」

「・・・感覚狂い」

「感覚狂い?」

「人は能力差がありすぎると、相手の能力が全く分からない状態に陥る。それと同じことが超感覚でも起こる」

「バカな!あたしは超感覚者だぞ!超感覚者同士、今までなかったことが、起こるわけない!」

「わたしからは天上から見下ろす蟻んこに見えている。おまえがな」

「なっ、そんなことが」

 言いかけた少女だったが、急に超感覚の解が訴えだす。こいつはヤバい。早く逃げろ。逃げる方策を考えるんだ。

 しかし、それは手遅れなことだった。両脚を撃ち抜かれて身動きができなくなっている。

 ようやく事の真偽がわかった。

 敵がわざと感覚を鈍らせて、やっとじぶんの超感覚が反応することに。

「・・・おまえ、名前はなんという?」

「わたしか?わたしの名はリン。下から見てもリン」

 はじめから、こうなることがわかっていたかのような口上であった。

 少女はすべてを悟った。はじめから、相手にできないほどの力量差がある敵だったことに。

 そして、すべてを諦めたようにしずかに目を閉じた。

 そこへリンの手にしたサブマシンガンが容赦なく火を吹く。

 少女の身体は穴だらけになって、終わった。

 

 

 リンが先に進んでいると、急に知らない女の声が脳内に走った。

(避けて!)

 言われるがまま、避けると、じぶんがいたはずの場所に弾の射線が微かに見えた。

 感覚の届かない距離から敵が撃ってきていたのだ。

「林心!?」

 知らない声のはずなのに、林心だと判る。

(敵はアサルトライフルを持ってるから、注意して)

「輪廻!?」

 じぶんの心の中に三人のリンの思念がいる。本来の女の姿の三人のリンが超感覚のなかにいる。

(敵が近づいてきて、こちらの射程圏内に入るまで、じっとしていて)

 きっと燐火だ。きれいな声質だった。

 リンは遮蔽物に身を潜め、息を殺す。

 膠着状態が続いて1時間が経とうとしていた。

 先に動いたのは敵だった。ゆっくりした足取りの足音がだんだんリンに近づいてくる。

 そして、足音がリンの心にまで響いたあたりで、リンは飛び出して、敵に銃口を向けて弾が空になるまでぶっ放した。

 敵はリンに対応する間もなく、倒れていった。

 リンは敵のアサルトライフルを拾おうとしたが、輪廻の声が止めた。

(長距離向きの銃だから、ここみたいな通路しか使えないよ。他の武器があるか探して)

 倒した敵をまさぐってみると、予備用のナイフが見つかった。

 リンの持つ武器はサバイバルナイフ一本となった。

 敵の気配がしない通路を抜けて、上の階にあがったところで、人影を感じたリンはそちらに向けてナイフを投げた。

 ナイフは人影の胸のあたりに突き刺さって、崩れるように沈んだ。

 近づいてみると組織の幹部らしき人物だった。そいつからナイフを抜き取り、血の付いた刃を服の袖で拭った。

 戦闘要員としては弱すぎる。おそらく組織長の参謀だろうと、リンは判断した。

 とすれば、もうすぐそこに組織長がいる。そして、それを阻む者ももういない。

 この通路の一番奥に組織長がいるはずだ。

 奥のドアに近づいていくほどに、リンの神経が研ぎ澄まされていく。

 ドアを開くと一発の弾が飛んできた。

 リンには当たらなかった。リンも当たらない弾など気にもならなくなっていた。

 そのまま中に入ると、初老の痩せた男性が部屋の奥の方で立っていた。

 あれが三人のリンを苦しめてきた組織長か。

 男の全身に緊張が走っているのがリンにはわかる。逆に、リンはどんどん冷静になっていくじぶんを感じている。

 リンはドア付近で立ち止まると、大きく息を吸った。

 そして、走り出すと同時に大声を張り上げて組織長へ向かっていった。

 対する組織長は即座にリンに銃を向ける。

 そのとき、リンはナイフを持つ右腕を大きく振りかぶった。

 リンの鋭い眼に、視点が動いている組織長の眼球が視える。

 組織長はリンの胴体を狙うか、投げつけてくるかもしれないリンの右腕を狙うか迷った末、リンの右腕を撃った。

 銃の威力が強く、組織長めがけて走るリンの右腕が吹っ飛んだ。

 だが、リンは止まらなかった。

 そのまま突っ込んでくるリンに組織長は動揺した。武器もなくどうやって攻めてくるのかが、理解できない。

 組織長は何発か撃ち込んだが、銃口がぶれてリンに当たり損ねている。

 リンは組織長に急接近を果たすと、口をあんぐりと開けた。

 そして、組織長の首筋に全身の力を込めて嚙みついたのである。

 組織長は言葉にならない呻きをあげながら、リンの頭をつかんで引き離そうとするが、リンの噛みついた力が強すぎて、余計に激痛が走る。

 リンの歯がついに組織長の頸動脈に達した。

 リンの口元から、組織長の血が噴き出てくる。

 組織長が徐々に力をなくして膝から崩れ落ちていった。

 リンは噛みつくのをやめた。倒れた組織長を睨み下ろす。

 組織長にはまだ息はあった。だが、抵抗する術がないことはリンが一番よくわかっていた。

「おまえの眼が泳いだとき、わたしの勝ちは決まっていた」

「はぁ、はぁ、その言い方、おまえ、み、未来が、視えるのか」

 リンは黙っている。もうじき死ぬ組織長の問いかけに答える必要性を感じていなかった。

 やがて、組織長は息絶えた。

 戦いは終わった。

 リンは落ち着きを取り戻し、あたりを見回した。

 暗い部屋の小窓から朝日の光が差し込んできていた。

 リンは朝日の方へ歩みだす。

 日の光に照らされたリンが尊い。

 遅れてやってきた明日は、リンの前に来ると跪いた。

 そして、自らの名を恭しくリンに奉じたのである。

 これが『明日のリン』誕生の瞬間であった。

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三人のリン @0843731

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