第7話誓いのリン
「プッチンプリン買ってあるよ。みんなで食べよ」
リンは元気を取り戻していた。ただ、あんなことのあった後だけに、笑顔に影ができていた。
「これこれ、山の形が美しい」
目の前に用意されたプッチンプリンに目を奪われる林心。林心は本当にプッチンプリンが好きであった。
「プッチンプリンって、なんか味が薄いんだよな」
燐火はあまり好きそうではなかった。
「全員分、揃ったことだし、あれやろう」
輪廻の提案ですることとなったのは、
「アイ・ラブ・プッチン!」
「ユー・ラブ・プッチン!」
「ウィ・ーラブ・プッチン!」
「トゥルー・ラブ・プッチン!」
プッチンプリンへの愛の掛け声だった。
4人とも楽しそうにプリンにスプーンを入れ、頬張る。
「まあ、ふつうにプッチンプリンだな」
燐火が味気なく言うと、
「これがプッチンプリンなんだよ」
と力説する林心。
「庶民的な味だよね」
輪廻はプッチンを庶民と思っているようだ。
「でも、おいしいことには間違いないし、林心が好きなのもわかる気がするよ」
「そう言ってくれるのは、リンだけだ」
林心のリンへの信頼は厚い。
みんなが食べ終わると、リンは麦茶を持ってきた。
今度はコースターに置くのはリンだけだ。離れ離れの生活の象徴的な事情であった。
麦茶で口に残った甘さが消えて、口の中がきれいさっぱりな感覚になる。
林心は麦茶を飲み干すと、立ち上がって言った。
「念のため、外の周辺を見回ってくる」
「OK、任せた」
燐火は振り向きもせず、手を振って林心を見送った。
「このあと、Vtuberの誕生日イベントがあるんだが、それ観終わったら、帰るわ」
「燐火、Vtuberにはまってたの?」
「はまってるわけじゃないな。同じ時期に作曲をはじめた同志みたいみたいなものだから、応援してるんだよ」
「それってはまってるって言わない?」
「まあ、時間的にもう配信始まってるはずだから、パソコンで観るとするか」
燐火はリンの部屋へと消えていった。
リンはテーブルをきれいにした後、たまった食器を洗い始めた。
輪廻はリビングのテレビをつけてぼーっと観ている。
1時間くらいしたころだろうか、燐火がリンの部屋から出て、ゆっくりした足取りでリビングにやってきた。そしておもむろにキッチンにある包丁を手に取った。
黙った燐火なんて珍しいのでリンは不思議そうに見つめていた。
燐火は輪廻の後ろまでやってくると、
「おい、輪廻」
と呼びかけた。輪廻がなにかなと振り向くと、ズブリ、と燐火は輪廻の胸に包丁を差し込んだ。
信じられないといった表情で輪廻は息絶えた。リンは驚くしかなかった。
「なにやってるんだよ!燐火!」
リンの叫びにも燐火は反応しない。しばらくして、燐火が震えだした。
「催眠術にかけられた。オレの手がオレの首を刺したがっている」
燐火はもう片方の手で自分の腕を抑えながら、なんとか口にする。
「オレの分析が言っている。Vtuberのやつもグルだった。あいつは引き付け役だった。オレはもうダメだ。リン、林心を連れて遠くへ逃げろ。誰も知らないところで。オレみたいにならないでくれ。早く、にげ、、、」
言い切れないうちに、力の限界がきたのか、燐火は自分の首を包丁で刺し、血が噴水のように吹き出す中、倒れこんで死んだ。
二人の死に唖然として、リンは頭が回らない。
やがて、林心が見回りから戻ってくると、リビングで二人の倒れた死体を目の当たりにすることになった。
林心はリンから話を聞くと、
「ここもじきに危ない。アジトに行っても追跡されてバレるだけだし、とりあえず、輪廻と燐火をこのままにしておくわけにもいかないから、もうひとつ冷蔵庫を買って、その中にひとりずつ入れて、できるだけ腐らないようにしよう」
「でも、冷蔵庫なんてすぐには買えないよ」
「量販店ならすぐに買える。車を調達する必要があるな」
「車なんてもってないよ」
「違法駐車してる車なんてそこらじゅうにある。それを盗るだけだ」
「うん、わかった。冷蔵庫は林心に任せる。ぼくはうちの冷蔵庫の中を空にして、待ってるよ」
「いいこだ。二人を見守っててくれ」
言うなり、林心は走り出して、外へ出たのだった。
リンは冷蔵庫の中身をひとつずつ取り出す。取り出しながら、輪廻と燐火の死体に生きていたころのように声をかける。そうでもしなければやっていられなかった。
林心が冷蔵庫を台車に乗せて戻ってくると、リンは雑巾やらタオルやら古着やらを総動員して、血だまりになっていた床を拭いていた。
2人で冷蔵庫を持ち運んで設置する。
「もう死後硬直が始まっているが、力任せにすれば、関節が曲がる。燐火は俺がやる。輪廻はリンがやれ」
「うん、わかった」
やり終わると、二つ並んだ冷蔵庫が棺に変わってリンには見えた。
「これからどうするの?燐火は逃げるように言ってたけど」
「もちろん仇を討つ。尾行してたやつをとっ捕まえて、組織長の居場所は把握してある。リン、おまえはどうする?危険な場所だから遠慮することを俺は勧める」
「行くよ。他に考えてない」
「そうか。だったら、外に車を停めてあるから、一緒に来い。2人でやり遂げるぞ」
林心が外に出る。
「輪廻、燐火。行ってくるね」
そう声をかけて林心の後を追うリンであった。
組織長が隠れ潜んでいたアジトは建設途上の工事現場の中だった。下層階はもう内装まで出来上がっていて、上層階のみ鉄骨が見えている状態のビルであった。
そのビルの真正面に車を急停車させて、林心とリンは勢いよくビルの中に突っ込んだ。
ビルの入り口はガラス張りであったため、体ごとぶつかって中に入る。
入口内にいた見張りの2人を林心が三節棍を振るって、昏倒させて、もう一度脳に直撃させて確実に殺した。
「こいつらの銃をおまえが持て、それで俺をサポートするんだ」
「でも、ぼく、銃の扱いなんて、まったく知らない」
「俺がロックを解除してやるから、敵に向かって引き金を引くだけでいい」
「うん。やってみる」
林心がリンから渡された銃のロックを解除してリンに返す。
リンは2つの銃のうち1つをポケットにしまい、もう一つを構えながら、走り出す林心の後ろについていく。
林心が急に立ち止まった。
「この角の奥に何人かいる。人数が多いから、俺が突っ込んだと同時に敵に向かって乱射しろ」
リンは緊張で銃を握る手が汗ばんでいた。林心はすぐに気づいて、じぶんの服の裾でリンの手を拭いてやる。
「3・2・1・GO!」
林心が角から飛び出す。同時に角に隠れながら、リンは遮二無二銃を乱射した。
敵は慎重に攻撃に来ると思っていたのか、浮足立って、連携が取れないまま、近接された林心の餌食となっていった。
「全部で5人だったか」
全員を倒し切り、林心はリンに命令した。
「こいつらの頭に一発ずつ弾を撃ち込め」
リンに銃の使い方を練習させるつもりだ。リンは焦りが出て、ゆっくりとだが、一発一発、地に突っ伏している敵の頭に正確に弾を撃った。
「できるじゃないか。この調子なら、この戦闘が終わるころには、使いこなせるようになっているはずだ」
「林心、顔、傷ついてるよ」
「なあに、これくらいの傷ではなんともない。治療する必要もない」
「これからどうするの?」
「この階の敵は全滅させたはずだ。上の階に行く。二階は三階にいる連中とかがもう合流しているはずだから、数は多いぞ。気を抜かずに着実に屠っていくぞ」
「わかった。林心の言うとおりにする」
林心は階段を駆け上がった。だが、途中で足踏みに切り替える。
騙された敵が慌てて出てきたところを、林心が三節棍で昏倒させ、リンが銃で仕留める。戦術パターンができつつあった。
「弾がもう出ないや」
「そうしたら、敵のを奪って、一丁手に入れておけ。常に二丁ある状態にしておくといい」
「これ、今までの銃と違うね」
「それはサブマシンガンといって、たくさん弾が出るやつだな。今までの拳銃とは全然違う代物だから、使い方をすぐに把握しろ」
「この先の通路に大勢、人がいる気がする」
「だんだん勘がよくなってきたな。俺もそう思っている。戦術を組み立てる必要がある。まず、リンがいきなり出てサブマシンガンを乱射した後、すぐに隠れろ。敵が応戦してくるはずだ。それが止んだところで、俺が接近して確実に仕留めてやる」
リンが飛び出し、サブマシンガンをやたらめったら乱射する。横一列に並んでいた敵のうち、運よく1人に当たって倒してしまった。
リンはすぐに物陰に隠れた。
「やった!1人やったよ!」
リンの銃声に慌てた敵が無人の壁に応射してくる。
敵の攻撃がぴたりと止んだが、林心は動かない。
「存在感の薄いやつが1人いる。おそらく暗殺のプロだろう。今出るのはやめだ。ダミーになるものはないか」
「工事現場用の大きい袋ならそこにある」
「それに物を詰めて投げてみろ」
リンが袋を投げると、敵の弾が一発だけきて袋に命中した。
「いるな。ここは判断が難しいところだ。俺がサブマシンガンで敵を引き付けるから、リンが敵を1人ずつ狙い撃っていけ」
「そんなのできないよ」
「やればできる。いくぞ」
言うなり、林心が全身を出してリンから受け取ったサブマシンガンで敵を撃っていく。
そして物陰から少しだけ顔を出してリンが敵に狙いを定めて撃つ。初めてのことなので手間どっているが、なんとか2名を仕留めることに成功した。
サブマシンガンの弾が切れて、林心が戻ってきた。林心の全身は敵の応酬で傷だらけになっていた。
「プロのやつを仕留められなかった。あと数人は残っているな。ちょっと分が悪くなってきたな」
「これからどうするの?」
「すこし下がって、こちらが有利なところで、敵をひたすら待って、確実に倒していく」
「三節棍の使えるところまで戻るんだね」
「そうだ」
林心とリンはT字の通路のところまで下がり、両脇の物陰に潜んで敵を待った。
敵が様子をうかがいながら近づいてくる足音がする。
充分接近したところで、リンが身体を出して銃を構える。
そちらに気を取られた敵たちに猛突進して、林心の三節棍が唸る。
林心の動きについてこれないのか、敵の弾は林心を外れている。その隙に林心は三節棍を自在に操って、敵の脳天を集中的に打ち込んでいった。
だが、さらにその後ろにいた暗殺者は冷静だった。味方がやられているのを眺めながら、照準を林心に合わせて一発撃ち込んだ。
林心の肩に弾が貫通する。三節棍が転がって、林心は無防備になったのだった。
暗殺者が余裕の足取りで林心に接近していく。その圧はリンにまで広がり、リンは下手に引き金を引けなくなっている。
林心は暗殺者を睨んだ。暗殺者は笑っていた。こういう闘いを望んでいたようでもあった。
間合いが2メートルのあたりまで来ると、暗殺者はしずかに銃を林心に向けた。林心は動かない。
暗殺者が引き金を引こうとしたその刹那、林心の身体が暗殺者の視界から消えた。
林心はしゃがみ込んでいた。その体勢から今度は斜めに跳躍し、暗殺者の構える銃を的確に蹴り飛ばした。
暗殺者の手から銃が離れる。そして、林心は暗殺者の懐まで突入し、飛び膝蹴りをした。
暗殺者の下あごがあらぬ方へ曲がる。
林心は渾身の突きを暗殺者の顔面に食らわせた。
そうして暗殺者を失神させることに成功したのだった。
林心はリンを呼んで、暗殺者を仕留めさせた。
こうして、この階の壮絶な戦いは林心たちの勝利に終わったのだった。
「リン、次の階にあがるぞ。上はもうそんなに敵がいないはずだ」
そう言って歩き出す林心。その後ろからついていくリン。
しかし、気づけば、リンの後ろに林心がいる。
林心の足取りがおぼつかない。見ると、林心はわき腹を抑えていた。そこから血が湧き出ている。
「すまん、リン。しくってたわ」
「林心!」
リンが叫ぶと同時に、林心は力尽きて前のめりに突っ伏した。
リンが抱き起すと、苦痛に顔をゆがませる林心の呼吸は激しかった。
「俺はここで終わる。リン、すまなかったな、ここまで連れてきて。この先はリンではまだ無理だ。今からこのビルから去れ」
「林心を置いてなんていけないよ」
「いいから、行くんだ。早く、早く、、、」
そうして林心はリンに抱かれながら息を引き取った。
リンの心は悲しみでいっぱいになった。溢れ出る涙がさらに涙を溢れ出させていく。
「みんな、みんな、死んでいく。ぼくを守ってくれた三人が、なんでこんな目に合わないといけないんだ」
これからどうすればいいとか、リンにはどうでもよかった。三人のリンを失ったことの大きさが、空よりはるかに広く、宇宙よりはるかに深く、リンの心の限界を超えさせていった。
やがて、リンは立ち上がった。そして、前を向いた。
リンの心は定まっていた。じぶんはこの先へ行く。そして、三人のリンを苦しめてきた組織長を殺す。
そう誓った矢先のことだった。
リンは全身に感覚的な衝撃を覚えた。
なにが起こったのか、リンには理解できなかった。
リンは立つことができなくなり、四つん這いになって、口からは涎が出た。苦しみと痛みとが同時に襲ってきたような感覚が全身を駆け巡る。
「どうしたんだ、わたしは、、、」
リンの声が変わっていた。
肉付きも変わったように思える。
立ち上がると、リンはガラス窓に反射したじぶんの姿を見た。
それはリンとはまったく別の女性の姿であった。
「これは、いったい、、、」
じぶんの姿をまじまじと見るリン。
腑抜けた顔のはずが、端正で凛々しい女の顔に変わっている。
何が起こったのか、理解に苦しんだが、考えているうちに、そういえば林心がおかしなことを言っていたことに気づいた。
それは薬を注射されたときのことだ。
「これは薬が切れた時に出る副作用か」
なぜか、得心する答えにたどり着く。
リンは気づいていなかったが、それは超感覚による「答え」であった。
そうしてもう1つの事実に気づくことになる。
「三人のリンの正体は女だったのか、、、」
悲しい事実であった。
あれだけ明るく振舞っていた三人が実は副作用で男にさせられていた。
それに気づけなかったじぶん。
折り紙の表と裏を折ったようなコントラストな感情がリンの心に浸透していく。
「少し、髪が邪魔だな」
リンの髪の毛は腰のあたりまで伸びていた。
床を見渡してみると、ちょうどいい長さの針金を見つけることができた。
それを拾い上げると、後ろの首元で巻いて、髪をまとめた。
じぶんが変わっても、じぶんがやることは変わらない。三人のリンのためにこの戦いを終わらせに行く。
そのためにやることは、たった1つ。
前へ、進むこと。
リンは暗がりの指す方向へ歩き出すのだった。
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