第6話守られるリン

 三人のリンとリンは揃ってアリオに来ている。

 アリオは人でごった返していた。

 リンは暢気に楽しそうだが、三人のリンには緊張感が走っている。

「おい、リン。つけられてるぞ」

 小声で林心が話しかけると、

「えっ、そうなの?」

 とリンはふつうに振り向いてしまった。

「バカ、振り向くやつがあるか」

 燐火に小声で叱られる。

「平静を装うことが大切だよ」

 輪廻が小声でアドバイスする。

「うん、わかったよ」

 三人を真似て、ひときわ小さな声でリンは了解した。

 4人して、素知らぬふうに、通路を歩く。

「この先の分かれ道で4人バラバラで行動する。わかったな」

 林心が指示すると、リンだけ頷いた。リンはいまいちわかっていない。

 分かれ道にたどり着くと、リンたちは四散した。

 林心の後ろには3人、輪廻の後ろには2人。燐火の後ろには2人。

 ずっと三人を追い続けている。

 輪廻はゆっくりウィンドウショッピングをするふりをして、2人の存在を確認した。

 尾行が下手である。プロではないことが輪廻にはわかった。

 訓練されていない組織の下っ端の連中だと輪廻は判断した。これならワザと戻って、2人に近づいてビビらせたのち、けむに巻ける。

 燐火は楽しそうにフードコートの店の周りを沿うように巡ったのち、中央の通路の角で姿を消した。尾行の2人が急いで追ったが、もう燐火の姿はどこにも見当たらなかった。

 林心は思ったより苦戦していた。尾行のプロが混じっていたからである。そこで林心は思い切って、トイレに向かった。トイレに入って根競べする予定だ。結局、動いたのは尾行の3人で、トイレに入った途端、林心の攻撃をまともに受けて、床に転がった。動けなくなった3人の前を悠然と通り抜けて、林心はトイレから出たのだった。

 三人のリンはそれぞれの存在を認めて、合流に成功した。互いにどうだったか笑顔で状況説明をしていたが、そういえばリンの姿が見当たらないことに気づいた。リンは超感覚者ではない。組織の人間には不要な存在のはずだが、リンには何か知らない秘密でもあるのだろうか。

 三人のリンは知る由もなかったが、じつはリンは組織に詳細な身元調査をされていた。そして、リンは幼少期に、その年齢ではありえない事実が判明していた。道に迷った地域の地理に不案内なおばあさんを交番に届けて警察官に任せるという、的確な判断能力が一時話題になっていたという情報を入手していたのだ。

リンは超感覚者かもしれない疑惑が組織内で持ち上がっていた。そこでリンにも尾行がついていたのだった。


 リンは目が覚めた時、知らない病院内の一室で拘束されているじぶんに気づいた。

 そう、組織のターゲットには、リンも含まれていたのだ。

 部屋の真ん中に大きなサイズのベッドがあり、上方と下方の金属柵からのびる鎖に繋がれて、仰向けに寝かされていた。

 どうにか抜け出そうと、何度ももがいてみたが、どうすることもできない。そのうち、医療関係者と思しき白衣の男たちが部屋に入ってきた。

 リンが白衣の男たちを睨む。だが、男たちは無言のままリンを見下ろしていた。

 彼らが何を考えているのか、リンにはわからなかった。彼らの冷たい眼差しに、リンは恐怖した。リンの心に不安が広がっていく。

 白衣の男たちはしばらくリンを見つめたのち、革製のバッグから液体の入った薬剤らしきものを取り出して、空の注射器に吸い込ませていった。

 何かやばいことをされる、とリンの感覚は強く訴えていた。だが、どうしたら助かるのか、知恵が回らない。解決策が出てこない。

 そうこうするうちに、リンは注射器を持った男に腕をつかまれ、固定された。注射器の針がリンの腕に少しずつ入っていく。

 注射器のピストンが押され、液体がゆっくりリンの腕の中に入れられていった。

 もうダメだ。そう思ったとき、部屋のガラス窓が一斉に割れた。

 驚く白衣の男たちが何者かによって次々と倒されていく。

 三人のリンであった。

「よかった。一時はどうなるかと思った」

 リンは三人のリンを見て安心している。

 だが、燐火はリンの腕に差し込まれた注射器を見るなり、

「あちゃー、遅かったか」

 と、しくじったような言い方をする。

「えっ、遅かったの?ぼく大丈夫じゃないの?」

 リンは戸惑いを隠せない。

「まあ、終わったことをくよくよしてもしょうがないね」

 輪廻は冷静だ。

「ぼく、どうなっちゃうの?」

 リンは不安でいっぱいになった。

「心身強化の薬を注入されただけだ。今のところ問題ない」

 安心させるように林心が答える。

「よかった。どうして、ここがわかったの?」

「ん?尾行してたやつらを拷問して、自白させた」

 さらりと怖いことをいう燐火。しかし、そうでもしなければリンの居場所がわかるはずもないのも事実であった。

「とにかく助けられてよかった。組織の増援が来る前に、ここからずらかるぞ」

 林心の指示のもと、輪廻と燐火は解錠の技術で、リンの手枷・足枷を解除して、リンを抱き起こすと、皆で元来た割れたガラス窓から逃げ出すのだった。

 


 三人のリンとリンは亀有駅前にいた。リンが捕まったということは、もうリンの家を根城にはできないことを示していた。

 そこで輪廻が案をだして、お金を持っていそうな人をたぶらかして、新たな拠点を一時的に確保することにした。

 そうして釣れたのがお金持ちの中年男性だった。輪廻が言葉巧みに同情を誘って、中年男性が出向先に使うマンションの一室を確保することに成功した。急を要することなので場所の良し悪しなど言っていられなかった。

 リンは三人のリンの居場所を知っていると、また狙われる危険性が高いので、折を見てまた会う約束だけして、別れることにした。

 リンは家に戻った。

 元の暮らしに戻っただけだが、リンには空虚だった。三人のリンがいて、はじめて家族といえる家になっていたことに、リンは気づかされたのだった。

 

 

 リンが1人暮らしの状態に戻って、今の生活に少しずつ慣れだして、1か月ほどしたころだった。

 玄関のチャイムが鳴る音がして、ドアを開けてみると、そこには懐かしい三人の姿があった。

「荷物おきっぱにしてたから、回収しに来たぜ」

 燐火の声色には用件以上の明るさがあった。リンと再び会えた喜びがこぼれ出ている。

「みんな、もう大丈夫なの?」

「ああ、今のアジトはバレていない」

 林心の落ち着いた声には安心感があった。

「中に入ってよ。なんか遠慮してない?」

 玄関先で溜まっている三人のリンをリンは招き入れる。

 三人のリンがいると、再び元に戻ったように感じられる。嬉しさが溢れてくるリンだった。

「いまの居場所はどんなかんじ?」

「ぶっちゃけ、リンの家よりでかい。おれには少し広すぎるかな」

「へー、でもよかった。大は小を兼ねることもあるし」

「なんか兼ねないこともありそうな言い方だな」

 林心が指摘すると、

「だって、人ってパーソナルスペースがちょうどよくないと、落ち着かないもの」

「それは言えてる」

 燐火もリンと同意見だった。

「今日は荷物を取りに来ただけだから、長居は無用だ。それとリンには目隠ししてもらう。俺たちのアジトに案内するからな」

「やった。新居が見れるんだね」

「オレがアイマスク買っておいたから、つけておけ」

 リンはさっそくアイマスクをつけた。目の前が真っ暗だ。その前を三人のリンが通り過ぎ、各々の荷物を持ち出してくる。

 その間、リンは廊下でぼったちだ。

「よし、荷物はぜんぶ持ち終えたぞ。輪廻がリンの手を引いていけ」

 輪廻に手を握られて、リンはぎゅっと握り返した。輪廻の手の温かみに安心感を感じていた。

 それから数十分歩いただろうか、林心の許しを得て、アイマスクを外すと、リンはじぶんの地理の知らない住宅街に来ていた。

 目の前にあったのは、真新しい高層マンションであった。もちろん暗証番号がないと中に入れないタイプのものだ。

「よし、みんな入れ」

 林心が暗証番号を入力し、4人はマンションの中へと入っていった。

 リンのマンションよりはるかに広いエレベータに乗って、14階まであがると、外は見晴らしの良い景色が広がっていた。

「ここの左から3番目が俺たちのアジトだ」

 黒い重そうなドアを開けると、そこは大人のセンスにあふれたシンプルなデザインのインテリアが繋がっている空間だった。

 リンは目をぱちくりさせながら、見渡している。

「中はどんなかんじ?」

「今からそれを見せてやる」

 燐火が前へ進み出て、部屋の案内をする。

「ここがバスルームだな」

「すごく広いよ。これ全員入れるんじゃない?なんかここだけ大きく作ってある気がする。なんでだろう」

 リンは理解できていなかったが、輪廻は苦笑いしていた。

「こんど、ここでみんなでお風呂に入ろうよ。ちょっとした温泉旅館みたいだよ」

「遠慮しとく」

 林心から思いがけず断られた。

「オレもまあ、他人と入る気はしないな」

「おれも1人でゆっくり浸かりたい派かな」

 全員に拒否されて、リンはしょんぼりだ。

「次、案内するぞ。早く来い」

 燐火にせっつかれて、慌てて後を追う。

「ここが一番見晴らしのいい場所だな」

 広い空間の中央にでんとソファが置いてあり、リンの家には入らないような巨大な液晶テレビが据え付けてあった。奥の一面がガラス窓で、外の景色が美しかった。

「今日はリンが来るから特別に見せてるけど、いつもは人がいるか確認できないようにカーテンでしめっぱにしてある」

 輪廻が解説する

「まあ、それはしょうがないね。一応、アジトだもんね」

 ガラス窓に手を当てて、外を眺めるリン。高所に飛ぶ鳥のような気分になる。

 それから、各自の部屋を案内された。全員一人部屋である。それぞれの個性を感じられる内装になっていた。

「なんかパソコンないね。ネットにはつなげないの?」

「ネット完備してあるけど、林心の方針で使わないことにした。組織に居場所がバレる可能性があるものは、すべて使用不可にしてあるよ」

「そんなわけだから、オレはときどきリンの家に遊びに来るからな。オレのパソコンが待っている」

「うん、いつでも大歓迎だよ」

「そういやリン、合鍵は作ってきてくれたか?」

「頼まれたのは一つだけだったけど、三人分用意したよ」

「気が利くな、リン。偉いぞ」

 林心に褒められてリンは得意げだ。

 すべての部屋を案内されて、リビングで一服して休憩する。

 積もる話もあったかもしれないが、それよりまた4人揃った感慨に全員が浸っていた。

 輪廻が冷たいアイスコーヒーを持ってくる。コースターは三人のリンの分があるが、リンのはない。

 リンのコップはテーブルにそのまま置かれて、リンがコップを手に取るとテーブルが三日月状に濡れていた。

 リンはその三日月に目をやりながらコーヒーをすすった。

「ところでリンの家の様子はどうだ?組織の者に見張られてはいないか?」

「オレがそれとなく周辺をあたった感じでは、見張りはいないが、盗聴はされてるかもな」

「えっ、ぼくの家盗聴されてるの?」

「その可能性は大いにあるよ」

「じゃあ、おならとか気を付けないと」

「おまえなあ、もっと注意を払うところあるだろ」

 突っ込む燐火も突っ込まれるリンも昔に戻ったようで楽しそうだ。

 全員がコーヒーを飲み終わると、林心の指示でリンはまたアイマスクをした。

 名残惜しいがもう帰るべきときがきていた。

「燐火、リンを頼むぞ」

「任せとけ、大船に乗ったつもりで送り返してやる」

「燐火だと泥船の気がするけど」

「こいつ、言うようになったな」

 言葉とは裏腹に燐火は少し嬉しそうだ。

 燐火に送り届けられて自宅に戻ったリンはまた、孤独な空間の中のじぶんを感じていた。好きな漫画も読む気が失せていた。そんなとき、ドアのチャイムの音が鳴った。

 燐火が忘れ物でもして戻ってきたのかとふつうにドアを開けた瞬間、向こうからドアを引っ張る力が加わって、知らない男が急に入ってきた。

 しまった、とリンが思ったのつかの間、リンは男に羽交い絞めにされて部屋の奥まで連れ込まれた。

「おい、三人のリンの居場所はどこだ?吐け!」

 組織の男だった。

「し、しらない、、、」

 首に圧力がかかって満足にしゃべれないリンだったが、精いっぱい否定した。

「おまえのババア、施設にいるだろ。そいつがどうなってもいいのか?」

「おばあちゃんに、手を出すな」

「それはおまえ次第だ。ババアの命は簡単につぶせるんだぞ」

「お、ばあ、ちゃん、、、」

「さあ、いえ!」

「三人の、居場所は、、、」

 リンがいいかけたとき、ドアとガラス窓が同時開いて、人影が飛び込んできた。

 輪廻と燐火だった。

 輪廻は組織の男に飛び掛かって、逆に取り押さえた。燐火は放すことができたリンの上に覆いかぶさって守る。

 輪廻は組織の男の首を絞めた。男は泡吹いて気絶したが、なおも閉め続ける輪廻。気づけば男は死んでいた。

「あやしい動きをしているやつを見つけたら案の定だったな」

 燐火が汚れた服を払いながら言う。

「ぼく、みんなを売ろうと、、、」

 リンの声が罪悪感から震えている。

「リン、、、リンはいいことをしたんだよ」

 輪廻がやさしく言った。だが、リンは叫んだ。

「うそだ!」

「うそじゃない。じぶんの顔、鏡で見てみろ」

 燐火に言われて、自分の顔の写る鏡を覗き込む。

「・・・あれ?泣いて、ない?」

「だろ。おまえは別に悪いことをしていない。むしろおばあさんを守るためにいいことをした」

 燐火が戸惑うリンに言い聞かせるように心に訴えかける。

「林心に言われて、2人の後をつけて行ったら、途中から尾行しているやつがいて、帰るとき燐火と合流して、様子を見てたんだ。計算ずくだから、リンのせいじゃない」

「この死体、どうする?ここに置いておくわけにはいかないぞ」

「すこし離れたところに転がしておいて、回収する組織のやつらを追って、やつらのアジトを特定するつもり」

「じゃあ、死体持ってくわ」

 燐火が死体を背負って、外に出る。

「リンは落ち着くまで、家でじっとしてるといいよ」

 そう言い残して輪廻も出て行った。

 部屋で1人ぼっちになったリンは閉ざしているじぶんの心に向かって、かける言葉もなく、うずくまっていた。


 輪廻と燐火は回収する組織の者の後をつけて、彼らの支部がどこにあるのか、突き止めた。

 すぐに林心のいるアジトに戻って、林心と合流したのち、奇襲を仕掛ける作戦を組み上げた。

「リンに手を出したらどうなるか、組織のやつらに思い知らせてやる」

 三節棍を握りしめる林心の決意は固かった。

 アジトの三方向から一斉に突入する三人のリン。

 混乱状態に陥った組織はあっという間に駆逐されていった。

 超感覚で訓練された者と普通の人間の間には越えられない壁がある。それを十二分に味わって、もうリンに手を出せないことを相手の心に刻み付けるつもりである。

 殲滅には成功したが、何人かには逃げられた。三人しかいないため、それはどうしようもなかった。

 その中に、三人がよく知る人物の姿があった。

「あいつ、側近のやつだな」

 燐火が口から唾を吐きながら言う。

「あいつがいるってことは、組織長がどこか近くに潜んでいるな」

 輪廻が分析力を使って、組織長の存在を感覚的に認識する。

「ここはもう済んだ。リンのことが心配だ。いったん、リンの家に戻って様子をみよう」

 林心の指示でリンの家に戻る三人であった。

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