第25話 バイト先での邂逅

 ――今日は俺の噂が出回ってから既に一週間が経った週の土曜日。


 と言っても最初の一日以外は蔑視の目を向けられる事はなかったのでどうと言う事もなかったけどな。

 結衣は俺が人気になっちゃうとか言っていたが、確かに今回の件があってから俺は話しかけられる様になっていた。


 まぁ、男女問わずだから結衣が言っていた人気とは違う気がするけどな。

 それに話すと言っても挨拶をしたり少し他愛もない会話をする程度で、友達と言えるかも微妙なラインだ。

 そんな中サッカー部の丸山は俺の噂が出回った初日から話しかけて来ていた。

 内容はサッカーやんないか?とかサッカー部入ろうぜ!とかだったがしつこく言って来る訳でもなく俺が断ると笑って残念だ!って言って来ていたので恐らく俺に気を遣っていたのだろう。

 丸山とは体育でサッカーをして以来時々話す関係性だったが改めて良い奴だと思った。


 因みに結衣はあれからずっと高堂と一緒に行動する事はしないで、明香里か美月さんといるか俺といるかのどれかだ。

 そんな訳で俺は高堂に睨まれる事が多い気がする……てか睨まれるだろう。

 まぁ、俺が高堂に気を遣って結衣と離れるなんて事はまず無いからいいけどな。

 

 結衣は高堂の方から謝らない限りは許さないとの事だったので、もう俺から何かを言うつもりもない。

 今週の昼休みはずっと、結衣は毎日俺と昼ご飯を食べていたしな。

 話を聞いてる感じだと、高堂も高堂で今回の件で俺が結衣に助けられた事を知ったけど結衣にあんな事を言った手前素直に謝れないのだろう……多分ね。

 高校二年生の男子ならくだらないプライドみたいな物を持っていてもおかしくないが恐らくその類なのかな。


 結衣と高堂が仲違いしている事によって美月さん、明香里、酒井がどういう関係になっているかも気になるが今はそれ以上に考える事が多くてそこまで気が回せない。


 今日の放課後から俺は駅前の書店でバイトをする事になっている。

 別にお金がどうしても欲しいわけではない。

 大体俺の家はそこそこ豊かな方だが、友達の少ない俺は休日とか遊びに行く事がほとんど無い訳で暇すぎるからだ。

 そこで俺は元々漫画や小説が好きだったし、たまたまバイト募集の貼り紙を見つけたので書店でのバイトを決めた。

 それに俺の性格上両親のお金を使って本を買ったりして遊ぶのも気がひけちゃうしな。ていうかどっちかというとその理由の方が大きい動機だ。


 それと今週の土曜日、つまり明日。明香里の母親……たしか母親の方が血が繋がってるって言ってたっけな?まぁ、母親が少し早めに帰ってこれたらしいので明香里を通してお礼をしたいとの事で連絡が来てディナーに招待された。

 お礼は大丈夫……って言おうとも思ったが、どうせ今回の件については俺からも明香里の両親と話さないとって思っていたのでありがたく受ける事にした。

 因みに高堂と同じ家に住んでいる事は知ってるからどうしようかと思っていたが、明香里は俺と高堂の仲が良く無いのを薄々感じ取っていたのか、高堂が友達と遊んで夜ご飯も外食で済ませる日に俺を招待出来るように調整してくれていた。


「まぁ、今はバイトに集中しようか。初日なんだしな」


 そうして俺は身だしなみを整えてから駅前の書店に向かった。



「はい!わかりました、それでは今日からよろしくお願いします」

「うん。よろしく頼むね神道君それじゃあ、細かいルールはこの紙を見て分からない事があったら聞いてきてね」


 この物腰柔らかい女性はこの書店の店長で笹沢(ささざわ)さんだ。

 笹沢さんは夫婦でこの店を経営しているらしく、年齢もお互いに60を超えている事もあり旦那さんが体調を崩してバイトを増やしたらしい。

 

 ――先程控室で業務の説明を一通り受けた俺は、細かいルールを確認し終えた時ちょうど笹沢さんが控室に入って来た。


「そろそろ大丈夫?」

「はい!一通り確認出来たので問題ありません」

「あ!そうそう、神道君、さっき裏で在庫の整理をしていた私の孫がいるから何かあれば孫を頼ってね」

「あ!はい分かりました。お孫さんもバイトしていたんですね」

「うん。爺さんが倒れてから定期的にバイトに入ってくれてるのよ。勉強しながらでも店には立てるからってね」


 お孫さんの話をする笹沢さんは凄く嬉しそうな表情でそう言った。

 この愛情の籠った笑顔を見るだけで分かるけど、余程孫は優しくていい子なんだろうな。


「良いお孫さんなんですね」

「そうなのよ……」


 それがきっかけになり数分間孫語りをされていたが、笹沢さんが我に返って話が終わった。


 ――俺は笹沢との話を終えて早速業務に入ろうと控室から出てレジに向かうとそこには知っている女性が居た。


「「え?」」


 お互いにびっくりしているが、そこには美月さんが居た。


「きょ、今日入るバイトの子って……」

「そうだね。一応俺がそのバイトの子かも」

「そ、そうなんだね……」

「えっと。宮本さんって笹沢さんの孫だったの?」

「そうだよ。笹沢は私のお母さんの旧姓だね」


 そうだったのか……それだったら笹沢さんがあんなに孫の事を褒めていた理由も理解できるな。

 てか、どんな偶然だよこれ。


「凄い偶然だね。まさか宮本さんがいるとは思って無かったよ」

「私も神道君がバイト何て思いもしなかったよ」

 

 俺はふとレジの上を見ると美月さんは勉強をしていた。


「バイトをしながら勉強もしてるんだね」

「うん。まぁ、人が多い時は勉強してる余裕もないけど今は客も少ないからね……おばあちゃんにも勉強するって言ってあるから」

「偉いね。でも前みたいに体調崩さない様に気を付けなよ?」

「うん。神道君に言われてからはちゃんとその辺も意識してるから大丈夫だよ!それに本屋でバイトをしながら勉強するのも良い気分転換になってるしね」


 改めて思うけど宮本美月と言う女の子は本当に出来た人だと思う。

 努力も惜しまず、他人に優しく、友達思いで家族思いだ。

 

「そっか。それじゃこれからよろしくね」

「うん!よろしくね」


 俺がそう言うと美月さんは笑顔でそう返事をした。


 ――その後客が増えて来て忙しくなっていったが、時間が過ぎて行き退勤する時間となった。

 

 美月さんはレジで俺は基本フロアで品出しや整理をしていた。

 この書店は結構大きい書店なので、何がどこにあるのかも把握しないといけないので思った以上に忙しいバイト初日となった。

 本を運び出す作業は力には自信があるのでなんて事ないが、本が何処にあるのかを覚えるには今後も苦労しそうだ。


「神道君!一緒に帰ろう?」


 バイトが終わり帰る支度をしていたら美月さんにそう言われた。

 この本屋の閉店時間は23:00となっていて現在は19:15。

 19:00からは大学生がバイトに入るとの事で美月さんも帰るとの事だった。


 美月さんの家はここからそこまで離れていないが、外も暗くなってくる時間帯だしそれなら送って帰るべきだよな。

 結衣、明香里は立て続に危ない目にあったわけだし。


「そうだな。それじゃあ一緒に帰ろっか」

「うん!」


 ――そうして俺は美月さんと会話をしながら一緒に帰っていた。


 途中、結衣や高堂が仲違いしたせいでどうなっているのかを聞こうかとも思ったが、割とデリケート話かなと思い直して俺から話すのは止めた。


「そういえば神道君はどうしてバイトを始めたの?」

「そうだな。まぁ、暇だって事もあったけど、俺って漫画とか小説を結構買うんだけどさ。その時に両親に貰ったお金で買うのが余り好きじゃなくてな。どうせだったら自分の稼いだお金で買いたいなって思ったからだな」

「偉いんだね神道君って」

「いや。そうでもないぞ?自分が何か欲しいからバイトするって普通じゃないのか?」

「どうだろうね。それが普通だと思う人も居ると思うけど、高校生だったら両親に貰ったお金で買っちゃう人の方が多いんじゃないかな?勿論それが駄目な訳じゃないけどね」


 その辺どうなんだろうか?確かに前世で居た数少ない友達はバイトをしてる奴は居なかったが……欲しい物があれば親に頼んで買って貰ってた気もするな。

 ていうか偉いで言うと、俺よりも勉強も頑張っておばあちゃんとおじいちゃんの手伝いもしている美月さんの方が何倍も偉いと思うのだが。


「それだったら勉強も頑張って、家族の為にバイトにも入ってる宮本さんの方がよっぽど偉いと思うよ」

「そ、そう……ありがとう……あ、あの神道君?」


 美月さんは恥ずかしそうに俺の名前を呼んできた。


「どうした?」

「あの、えっと。神道君って結衣ちゃんと明香里ちゃんとは名前で呼び合ってるよね?」

「まぁ、そうだな……明香里に関しては神道先輩だけどな」

「そ、そうだね……それでその……私は神道君と結衣ちゃん程話してないけど……その……友達かな?」

「そうだな。少なくとも俺は友達だと思ってるけど」


 俺がそう言うと顔を赤くしながら言って来た。


「そ、それじゃあ……私の事は美月って呼んでほしい……かな」


 顔を赤くして上目遣いでそう言って来る美月に対して俺は思わずドキっとしてしまった。

 最近結衣にドキっとさせられる事が増えて来たのだが、まさか美月さんにもとは……

 

 俺はそんな事を思って黙ってしまっていたが、気を取り直して返事をした。


「分かった。それじゃあ美月さんって呼ぶよ」


 俺がそう言うと美月さんは首を横に振った。


「さ、さんもいらない……わ、私も慶って呼ぶから……」


 顔を真っ赤にして美月さんはそう言って来た。

 流石にここまで言われて断る事は出来ない。


「う、うん分かった。それじゃあ美月って呼ぶよ」


 俺がそう言うと更に顔を赤くして美月は言った。


「そ、そ、それじゃあ、私の家はここだから……」


 それだけ言って美月は走って家に入って行った。


「……」


 そして俺は色々考えながら空を見上げていた。

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