508年5月「ある記者の死」

「……では、水嶌中尉はドロズトフスカヤ虐殺事件は、でっち上げだと?」

「はい。後は軍広報の通りです。公式発表をご覧ください」


 機械のような受け答えに、私の苛立ちは更に高まる。

 やっと事件の当事者に辿り着いたのに、水嶌は澄ました顔で繰り返すだけ。

 この女は、高校の時からいつもこうだ。余裕ぶってて気に入らない。


「スミルノフ少佐、白衛軍としてはどうお考えですか」

「恥ずかしいお話ですが、我々の中にパルチザンが浸透していたようです。水嶌中尉は、見事にそのスパイを見つけ出し、適切に処置をなさった。それだけです」


 この取材にひとつ意味があったとすれば、この白衛軍のルテニア人広報官だ。端正な顔立ちはアイドル顔負けで、今すぐにデビューしてもいいぐらい。どうしてこんな人が軍隊になんかいるんだろう。

 そんなことを考えながらも、私は仕事を続ける。


「しかし、皆殺しにする必要なんて。部隊全員が、」

「戦争ですから、仕方ありません。しかし、そういった悲劇のほうがお好きでは?」

「……ご協力、ありがとうございました。失礼します」


 これ以上は時間の無駄だ。イケメンとの会話を楽しみに来た訳じゃない。

 私が取材を終えて立ち去ろうとすると、水嶌の声が背中にかかる。


「香奈さん、久しぶりの再会を祝して食事なんてどうですか」

「結構です‼ どうぞイケメンとデートしてきてください」


 私はせめてもの皮肉をたっぷり込めてから、席を立った。


「……本当に腹立つわアイツ」

「まあまあ、落ち着いて」


 取材に行き詰まった私は街の酒場に繰り出していた。ヤケ酒の相手に選んだのは、ちょうどこの地に派遣されていた同級生。人の良さそうな穏やかな笑みが、黒縁メガネの向こうから私を見つめている。

 私は名産のウォトカが注がれたグラスを、一気に呷った。


「幸也もさぁ、あんなやつの下にいたら死んじゃうよ。軍なんか辞めなって」

「そう言っても、まだ任期の途中だし。満期金貰えなくなるよ」

「お金なんかより命のほうが、」


 瞬間、光が爆ぜる。

 音と痛みは、遅れてきた。


「……動かないで」


 目を開くと、血塗れになった幸也が、私の向かい側で弱々しいウィンクをした。

 店内は爆発の衝撃でボロボロになり、辺りには血と死体が散乱している。

 悲鳴を上げそうになる私の口を、幸也の手が塞ぐ。


「……まだ敵がいる。隠れるんだ」


 ブーツの硬い足音が、静かになった店内に響き渡る。

 襲撃者は二人か、それ以上。誰かを探すように店内を物色していた。

 息がある者を見つけては、ひとりずつ銃弾を撃ち込んでいく。

 その殺意に私は失禁し、股間が暖かくなるのを感じた。


「ただの物盗りじゃない。逃げないと殺される」

「ど、どうやって」

「僕が引きつける。行くよ」


 止める間もなく、幸也はテーブルの下から立ち上がり、敵に掴みかかる。

 ひとりを組み伏せたが、もうひとりに撃たれ、幸也は崩れ落ちた。

 動けなかった。動けるわけがない。大好きな人を置いて逃げるなんて。


「……ああ、こんなところに居たか」


 聞き覚えのある声だった。

 そんな、まさか、どうして、何で?


「さっさと殺せ。お楽しみの時間は無いぞ」


 水嶌は、本当に疫病神で死神だった。

 あんなヤツに関わらなければ。

 私たちは、幸せになれたはずなのに。


 アイツは、私から何もかも奪っていく。

 永遠に続く激痛の中、私はアイツを呪い続ける。

 銃声とともに、私の人生は終わりを告げた。

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