508年8月「初陣」
本格的な戦闘は、これが初めてだった。自分だけではない、全員がそうだ。
対ゲリラ戦や地域紛争ではなく、正規軍同士が大部隊でぶつかり合うのは、世界的に見ても、ニテンシア大戦以来、およそ十年ぶり。そして、この国にとっては統一戦争以来、実に百年ぶりのことだ。
「次、来るぞ! 対戦車戦闘用意!」
次々に押し寄せる鋼鉄の津波。それが、赤衛軍を表す何よりの言葉だ。
戦車を前面に押し立て、装甲車と歩兵がそれに続き、大量の火砲がそれを援護する。
人海戦術と表現するのは簡単だが、その衝撃力は相対した者にしかわからない。
圧倒的な暴力に、ただただ人は圧倒される。
「十時方向、距離三〇〇、目標戦車、撃て!」
号令を受けた黄崎が、残り少ない対戦車ロケットランチャーを放つ。先頭の戦車が火だるまになるのも構わず、それを追い越す装甲車と敵歩兵が陣地に殺到した。たちまち交通壕は敵兵で溢れ、互いの白目が見える距離での殺し合い、白兵戦が始まる。
「小隊長、ここまで敵が! 後退してください!」
「ここを抜かれれば防衛線は崩壊する、踏ん張れ!」
彼女は部下を鼓舞しながら、スコープを覗き、自らも狙撃で敵兵を打ち倒していく。
その足元に、何か丸い物が落ちた。
「手榴弾、退避ッ‼」
間に合わないと悟り、彼女と手榴弾の間に割って入る。自分の死に場所は、ここだ。
その横から、別の誰かが突っ込んできた。被っていたヘルメットを脱ぎ、それを手榴弾に被せ、さらにボディアーマーごと覆いかぶさる。戦場でよく目立つ赤い髪が視界に入ると同時に、爆ぜた。
「黄崎……‼」
助け起こすが、黄崎の口からは血が溢れ、虚ろな三白眼は、虚空を彷徨うばかりだ。
「……どっちも……生きてるか…?」
「馬鹿、喋るな! …無茶しやがって‼」
クイックリリース機能でアーマーを外す。爆発の衝撃でヘルメットは粉々に砕け、大量の破片はアーマーに突き刺さっていて、防弾プレートも内側で割れてしまっていた。内臓の状態など、見なくてもわかる。防弾装備は、衝撃を打ち消す訳ではない。
「……なあ、お前ら。……いい加減、付き合っ…よ…」
そして黄崎は動かなくなった。
搬送先の野戦病院からの報せは、すぐに届いた。
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