492年2月「原点」
ルテニア東端リオーツクの漁港。ヤロスラフスクの街は、何もかもが燃えていた。
吹きすさぶブリザードが、真っ赤な血溜まりを白く消していく。
それでも私は、決してこの日のことを忘れない。
領事館に立て籠もっていた国連軍の守備隊は、壊滅していた。
バリケードは突破され、逃げ込んでいた人々は、次々と凶弾に倒れる。
生き残った僅かな兵は、必死の、そして絶望的な抵抗を続けていた。
「香月ちゃん、逃げるんだ。南に行けば、助けが来る」
「正輝おじさんは、一緒に行けないの?」
「……ああ、おじさんには、まだやることがある」
そう言うと、彼らはバリケードに機関銃を据え、短く連射する。
もう、弾薬の残りも少ないのだろう。怖くなった私は、廊下を走り出す。
やがて、その銃声も聞こえなくなった。
「いたぞ、ひとりも逃がすな!」
前方の曲がり角から複数の敵、赤衛軍の兵士が現れた。
もう、誰も守ってくれる人はいないし、子供の足では逃げ切れない。
どうせ死ぬなら、せめて死に方は自分で選びたい。
窓の外には、凍結した川が見える。
私は窓から身を投げた。
四階からの落下の衝撃で、川の氷にひびが入った。
小さな子供の体重で割れるほど、薄い氷ではない。厳冬期には車も通れるのだ。
背中の激痛に呻いていると、窓から銃撃があった。
たかが子供ひとりでも、見逃すつもりはないのだろう。
彼らの憎悪に、私も憎悪で返そうとするが、嗚咽で言葉にならない。
銃弾が降り注ぎ、そして、氷が砕ける。
私の身体は、氷点下の川面に沈んでいった。
意識を取り戻した時、私は激しく咳き込んだ。
何故か生きている。でも、川岸に投げ出された身体は全く動かない。
身体はがちがちと震え、濡れた身体が凍りついていく。
雲の切れ目から、月夜と満点の星空が現れた。
その中を、ひときわ大きな星が、ゆっくりと流れていった。
この時の私は、それが運用開始間もない国際宇宙ステーションだとは知らない。
そんな私は、怨嗟を込めた願いを祈り続ける。
絶対に私は、故郷を取り戻すんだ。
そのためなら、魔女にだってなろう。悪魔とも契約を交わそう。
それに応えるかのように、戦闘機の編隊が轟音とともに通過していった。
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