508年8月「永遠の別れ」

死んだ。みんな、死んでしまった。

私の指揮が拙かったばかりに、大勢の部下を死なせた。

いや、殺したんだ。私が。


「……小隊長、いえ中隊長。コーヒーです。どうぞ」


青嶋軍曹、小隊付軍曹を代行する彼が、缶コーヒーをどこからか手に入れてきた。

遠慮しても、あまりにしつこいので仕方なく受け取る。温いコーヒーは、甘すぎた。

一口だけ飲むと、息を吐き出しながら燦々たる戦場を見渡し、つぶやく。


「黄崎さん、死んだみたいですね。茶谷さんも、川見さんも、赤山さんも、みんな」

「…………ルテニアになんか、かかわらなければ。こんなことには、」


私は激高して、飲みかけの缶コーヒーを、彼の頭に思い切り投げつけた。

それでは収まらず、彼の頬を力いっぱい叩いた。


「裏切り者、二度と私の前に出てくるな! 消え失せろ‼」


こんな声を出したのは、生まれて初めてだった。

呆然とする彼に、私は感情に任せた罵詈雑言を投げつけ続ける。

もう、自分でも何を言っているかなんて分からない。

ただただ、許せなかった。ずっと、味方だと思っていたのに。

理解者だと、信じてたのに、それなのに。


気づいたら私は、大隊の撤退命令を無視し、中隊を率いて突撃の先頭に立っていた。

今ならいけると判断した根拠など、何も無かった。

半壊した中隊の突撃など、師団規模の戦闘では何の意味も持たない。

取り付いた鉄条網も突破できず、機関銃の掃射を浴び、ただ犠牲を積み上げていく。


「水嶌さん、撤退を、」

「触るなッ‼」


アイツが腕を掴むが、私は嫌悪感をあらわにして振りほどく。

次の瞬間、その背後で爆発が起こった。


脳震盪で気を失っていたのか。気づくと、私は死体の山に埋もれていた。

起き上がると、何かがどさりと落ちる。

アズロマラカイトがついた腕時計をした、人間の腕だった。

私は声にならない叫びを上げた。

本当に、消え失せてしまったのだ。永遠に。


「おい、見ろよ将校だぞ」

「まだ殺すな。気狂いでも、こいつは利用価値がある」


集まってきた敵兵にも気づかず、私は叫び続けていた。

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