501年9月「努力の価値」
マネージャーの仕事は地味だ。
裏方に徹し、選手たちが練習に専念できる環境を整える。
まずはジャグを満水にして麦茶を用意し、練習の道具出しを手伝い、グラウンドへの散水や、ボール拾い等の簡単な練習の補助、分刻みの練習メニュー管理、すぐ空になるジャグに水を足して、ベースランニングのタイム計測、バットやボールの補修、紅白戦のスコアをつけて、アイシングの準備、そして練習が終われば片付けとグラウンド整備も手伝う。もちろん、練習が終わる頃には辺りはすっかり真っ暗だ。
これだけ働いて特に見返りも無いと聞いて、どう思われるだろうか。
自分でもどうかと思わなくもないが、これも恩義に報いるためだ。
恨みは忘れないが、受けた恩は必ず返すのが私の信念だ。
その彼は、全体練習が終わって一時間は過ぎようというのに、まだブルペンにいた。
「なあ一輝ぃ、そろそろ帰ろうぜ。茶食、そろそろ営業終わっちまうし」
「……悪い黄崎、先に行っててくれ」
悪友の黄崎さんにそそのかされても、彼は頑として首を縦には振らない。
帰路につく部員たちを尻目に、彼は黙々とひとりで投球練習を続けている。
ネットめがけて、振りかぶって投げる。ひたすらに、振りかぶって投げる。
何度も繰り返し、手元にボールが無くなれば回収に走り、またマウンドに戻る。
見ていられなくなった私は、小さく舌打ちをしてから声をかけた。
「闇雲に投げればいいってもんじゃないですよ。フォームもバラバラです」
声をかけられたことに彼は目を丸くし、それから露骨に不満そうに口を曲げた。
「……素人に口出しされても」
「優れたプレイヤーが優れた指導者ですか?」
「いや、でも競技経験すら無いのに、」
「では机上の空論としてお聞きください。少なくとも、知識の面では負けませんが」
私は自信たっぷりに言い切った。嫌われる物言いだが、別に好かれたくてやっている訳でもない。それに、私の脳には最新の野球知識をインプット済みだ。根拠はある。
「それに、努力の価値は量だけではなく、努力の質も伴うことで決まります」
「……じゃあ、どうしろって言うんですか」
「まず本格派への憧れを捨ててください。青嶋さんは黒金さんになれません」
この夏に突如転入した期待の同級生エース、その名前を出されて彼は沈黙した。
当然だ、物が違う。生まれ持った才覚と恵まれた体格。
真の天才とはああいう人種を言うのだろう。凡人が彼の豪速球を目指しても無理だ。
それならば。
「青嶋さんは、技巧派としての才能があります。一番の武器は、努力家なことです」
俯いていた彼は顔を上げる。その目には、確かに闘志が宿っていた。
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