506年3月「将校たる者」

久しぶりに見た彼女は、すっかり将校の顔になっていた。

凜々しかった顔は更に精悍になり、二年間ですっかり逞しく成長していた。

改めて、彼女がとても遠いところへと行ってしまったことを思い知らされる。


「水嶌少尉です。本日より第二小隊長を拝命しました。よろしくお願いします」


中隊の紹介行事で発した中性的な声は、前にも増してよく通るようになっていた。

堂々たる立ち居振る舞いは、立派な将校のそれであった。

兵や下士官を恐れて低姿勢になりがちな最近の将校とは、一線を画している。


「よう水嶌、随分とお高く止まってるじゃねえか」


終礼解散後、高校時代のノリのままに黄崎が絡みに行った。

止める間も無かったが、彼女は表情ひとつ変えずに冷たく言い放つ。


「黄崎上等兵、それ以上はやめなさい」

「あァ、なんだよおい、ノリ悪ぃな」


鋭い眼光で睨みつけられ、黄崎がたじろぐ。

助けを求めるようにこちらを見られ、仕方なく一歩前に進み出る。


「第三分隊長、青嶋伍長です。うちの兵が失礼しました」

「第三分隊ですね。きちんと指導をしておくように」


敬礼をすると、まだ何か言いたげな黄崎の腕を引いて集団から離れた。

着任初日から揉められても困る。


「黄崎、やめとけ」

「なんだよ一輝、水嶌の態度なんだよ? 藍澤中尉だったらもっとこう、」

「将校っていうのは、本来そういう物だ。今までが優しすぎただけだよ」


前任者を引き合いに出す黄崎を諫める。実際、前任の藍澤中尉は大したもので、兵とも気さくに話せるなど、人心掌握に長けていたが、それはむしろ少数派だ。


「かづ……いや、小隊長は女性だからな。舐められまいと気丈になってるんだろう」

「あ? おいおい、お前な。水嶌ってお前のカノジョだろ。それがそんな、」


表情が余程曇ったのだろう。黄崎の言葉は途中で止まった。

それでも、自分自身に言い聞かせるためにも、改めて言葉にする。


「俺は、水嶌さんとは恋人でもなんでもない。ただの上司と部下だ」


黄崎はそれきり、押し黙ってしまった。

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