504年5月「誕生日」
泥に足をとられ、顔面が地面に叩きつけられる。
雨の中の訓練はつらい。ただでさえ重い装備が、水を吸って更に重くのしかかる。
それでも、いや、だからこそか、訓練は激しさを増していく。
「おい水嶌候補生、足手まといのこのクズが、さっさとしろ!」
教官の情け容赦ない罵声が、雨に負けじと轟く。
今のご時世、鉄拳制裁が飛んでくることこそ無いが、罵詈雑言は変わらない。
助け起こそうとする同期は、教官に制されている。
「お前みたいな、勘違いの頭でっかちは戦場じゃ糞の役にも立たないんだよ!」
悔しさに歯噛みすると、砂利が音を立てた。
泥混じりの唾を吐き捨て、小銃を杖にして立ち上がる。
男ばかりの州軍士官学校は、お上品な連邦軍大学校とは大違いだと聞いていたが、まさかここまでとは。ここでは女だからといって体力面の配慮なんてまるでない。
自分の甘さを痛感しながら、私はどうにか足を前に進めようとするが、とっくに手足は限界だ。無様に転がって泥水に沈む私に、教官の罵声はより激しくなる。
「立てよ根性なし、ペーパーテストだけじゃねえって見せてみろよ、なあ⁈」
自分の弱さに、悔し涙が滲む。でも、泣く訳にはいかなかった。
将校は涙を見せない。部下を率いる立場にある将校は、冷静であらねばならない。
それが部下の命を預かる者の責務だと、何度言われたことか。
やっとのことで立ち上がると、二十キロはある背嚢が、今では三十キロ超に感じる。
「おい水嶌候補生、どうしてこんなことになった⁈」
「それは、自分の計画が杜撰だったからです!」
「そうだな! そしてそれは命じた者の責任だ、わかるな⁉」
軍隊において、命令は絶対だ。
その代わり、命令によって生じた事態の責任は、全て『命じた者』が負う。
決して、『命令を実行した者』ではない。
「おかげで訓練はまだ終わらない。何故なら目標まで到達していないからだ!」
こんな突然の悪天候など、予想できるはずがなかった。
それでも、指揮官はあらゆるリスクを予め織り込んで計画を立てねばならない。
さもなくば、想定外の事態ひとつでこうなってしまう。
今回、私はそれを身を以て痛感した。
「いいか、時間で切り上げられるなんて考えるなよ、任務は絶対だ!」
教官の要求に部隊の士気が一段と下がる中、私はひとつのことを思い出していた。
そうだ、今日は青嶋さんの誕生日だった。
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