504年3月「旅立ち」

桜が咲くにはまだ早い、敷島州の春。

卒業式を終えた皆は、それぞれの道へと旅立っていく。


「水嶌さん、くれぐれもお身体にはお気を付けて」

「ええ、青嶋さんこそ」


州軍士官学校の黒い詰め襟の制服に身を固めた彼女は、とても凜々しい。

女子人気が高いのも頷ける。実際、改札を通る人々は皆、彼女に視線を注いでいた。

彼女は自信に満ちあふれている。主席合格だという噂も、間違いではないだろう。

それでも、妙な胸騒ぎは消えない。


「……半年前の姿なんて、今からじゃ想像もつきませんね」

「ふふ、他言無用でお願いします」


誤魔化すように茶化しても、彼女は余裕たっぷりにウィンクしてみせる。

大丈夫だ、きっと彼女は問題ない。


「それより青嶋さんも、下士官候補生じゃないですか。大丈夫ですか?」

「ええ、野球部で鍛えられた経験が活かせると思います。……それに」


彼女は小首を傾げた。

精一杯の強がりで、胸を張る。


「自分のほうが部隊配属は早いですからね。先輩として待ってますよ」

「頼りにしてます、軍曹殿」

「軍曹は気が早いですよ。最短でも三、四年はかかりますから」

「そうでしたね。……さあ、そろそろ時間です」


彼女はアズロマラカイトがあしらわれた腕時計を一瞥すると、ぎこちなく敬礼する。

自分も揃いの時計に視線を落としてから、同じように答礼を返した。


「水嶌准尉。これより州軍士官学校に入学します」

「青嶋二等兵。明朝、州軍第十七歩兵連隊に入営します」


相互に申告すると、彼女は置いてあった小さなスーツケースのロックを外す。

驚くほどの荷物の小ささだが、私物は最小限にと言われているのだろう。

夏合宿の時には、はるかに大きな荷物だったはずだ。晶先輩に怒られていたっけ。

今となっては、そんな思い出さえも美しい青春の記憶だ。


「また、連絡しますね。……そうだ、来月お給料が出たら、ご飯ご馳走しますよ」

「じゃあ、自分も何かお礼します。……頑張ってくださいね」


そんな約束は、結局果たされることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る