我が家にコテコテのラブコメが持ち込まれたので抗う
こーぼーさつき
第1話
私には父と母がいる。と言っても、今日本にはいない。父も母も海外で仕事中だ。私だけが日本に残されている。別にそのことを苦痛だとか嫌だとか思ったことはない。望んで日本に残ったのは私だ。私が自分自身で日本に残ると決めた。高校二年生の二学期になるタイミングで言葉も通じない見知らぬ土地に引っ越す方が明らかに辛いから。
それに両親と今生の別れをする、というわけでもない。
また会える。だから大丈夫。
なんならだらしなくても怒られない分、こっちの方が快適。
と、夏休み最終日を家でだらだらと満喫している時だった。
スマホを持ちソファで仰向けになってアニメを見ていると、ぶーぶーと鳴り響く。私の手の中で小刻みに揺れたスマホは逃げ出すように私の手から離れた。
コツンっと私の額にスマホが落ちる。
「ってぇぇぇぇ……」
悶えるような声を出す。
その間もスマホはずっと鳴り続ける。
涙目になりながら、スマホをまた手に取って、画面を確認した。
「電話……ママから……?」
母からの電話だった。
一人暮らしをさせるというのは不安だったようで、かなりの頻度でロインをしてくることはあったが、こうやって電話をしてくるのは初めてだ。
なにか急を要することがあったのでは、と心配になる。
さっきまでじんわりと残っていた額の痛みは一瞬で消えてしまう。
「もしもし」
不安で声を出すのが憚られた。
電話に出てしまえば、現実から目を背けることができなくなるから。怖かった。
でも出ないわけにはいかない。
だから出た。
『
急用ではあった。
けど私の想像していたものとは違うベクトルの急用だった。
拍子抜けしてしまう。
「は?」
という腑抜けた声が出てしまう。
『だ か ら。そっちにママの友達の娘さんたちが居候しに来るからねって。あ、ちなみに四人姉妹だから。仲良くしてね』
「いやいやちょっと待ってよ。急過ぎるって」
『ごめんね。忘れてた』
「忘れてた、じゃないよ」
『でも大丈夫だよ』
「大丈夫って。なにが? なにが大丈夫なの。ママ」
『その子たち全員高校生だから。仲良くなれるはずだよ。歳近いし』
「なーんにも大丈夫じゃないよ。ママ。なんにも解決してないから」
私の反論を無視して母は電話を切った。信じられない。ぶつ切りだ。
つーつーつーという音が虚しさを孕む。
「同性……なだけ、マシって思うべきなのかな?」
よくアニメや漫画で主人公がヒロインたちの家に居候する、みたいな展開はあったりする。私が男ならラブコメが始まるところだったんだろうけれど、私は女。これから来るのも女性。
ラブコメは始まらない。セーフ。って、なにがセーフなんだ。平穏な日々が奪われるのはほぼ決定事項。少なくとも静けさは間違いなく消滅する。セーフなんかじゃない。アウトだアウト。
私は頭を抱えた。どうしようもないので頭を抱えることしかできなかった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
まさかと思いつつ、重い腰を上げて、来訪者をモニターで確認する。
モニターに映し出されたのはとんでもないくらいの美人四人だった。
顔を見ただけで劣等感を抱くほどの美人。
アイドルやモデル、女優などを簡単に薙ぎ倒してしまうほどの美人。
街を歩けば一秒に一回スカウトされるほどの美人。
美人過ぎて、美人という言葉以外見当たらなくなるほどの美人。
そしてなによりも気になるのは髪型であった。いや、髪型はさほど特徴的ではないか。左からロング、ポニーテール、ポニーテール、ミディアムと見慣れた髪型たち。でも気になるのは髪色だった。左から赤、青、緑、紫という派手な色をしていた。
目を擦る。
見間違えたんじゃないかと思った。
でも変わらない。
見えるのは同じ髪色。
『初めまして。本日から居候させてもらうことになりました。
なんとなくわかっていたが、やはりこの子たちが母の言っていた居候らしい。
居留守は使えない。
しょうがないので、玄関へと向かう。
あまり気乗りしないが、扉を開けて迎える。
「どうも。上がってください……」
テンションだだ下がりだが仕方ない。
「ありがとうございます」
赤色髪の女性がぺこりと丁寧に頭を下げる。それに続くように残りの三人もぺこりと頭を下げてあがっていく。
ぞろぞろと。
リビングに流れ込む。リビングへの扉を開けていたせいで迷わなかったらしい。
我ながら良い判断をしたと思う。開けっ放しにしていなければ、どこがリビングだーって大冒険が始まっていたのだろう。もしくはワーワー騒がしくなっていた可能性もある。
リビングに五人集まった。
一人だと持て余していた部屋だったが、五人となると手狭だ。
窮屈さを感じないだけマシなのかな。
「改めて自己紹介をさせてください」
私が立ちっぱなしでなにも喋らないからか、気を利かせて赤色髪の女性は自己紹介を始めようとする。
こくりと頷くとまた彼女は口を開く。
「私の名前は
箱に入った謎のお菓子をもらってしまった。
「丁寧に……どうも」
と、受け取る。
「次は私だねーっ! 私の名前は
次に自己紹介したのは青髪ロングの女の子だった。キャッキャッした明るい女の子で天真爛漫な印象を抱く。
「こっちは
蒼依の隣でもじもじと指を動かす女の子。今にも泣き出しそうな表情で私のことを見つめてくる。そんな顔で見るのやめて。ほんとやめて。なんか悪いことしたような気分になるから。なんもしてないのに。
「翡翠……です。よ、よ、よろしく……おねが、い、します……」
言葉初めもさほど声量は大きくなかったのにも関わらず尻すぼみになっていたせいで、最後の方はほとんど聞こえなかった。読唇術と前後関係で辛うじて理解できた。コミュニケーションをとるのはこの中で一番難しそうだ。
「最後は私ね。
もっとコミュニケーションが難しそうな子いた。
とりあえず四人の名前と大まかな性格が見えてきた。
見えてきた上で思ったことがある。
なんだこれ、めっちゃコテコテのラブコメみたいな姉妹じゃねぇーか!
我が家にコテコテのラブコメが持ち込まれたので抗う こーぼーさつき @SirokawaYasen
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