4

「……え?ランクアップ?」

「ええ、そうです。」


 教会に行った日の翌日。私は普段通り冒険者ギルドに行って雑用依頼を受けようとしていたところ、受付嬢に声をかけられた。


「ランクって冒険者ランクのことですよね?私、Fランク冒険者になってからまだ2週間ですよ。」

「FランクからEランクへの昇格にかかる時間は、平均して2週間程度。毎日依頼を1つか2つずつこなしていけばそれ位で上がるものよ。中には依頼を放棄してしまったり他の職業に就いて2週間以内にやめていく人たちも居るから、Eランクはそう言った人達を弾くための役割があるの。ミストちゃんは冒険者になってから2週間位、依頼放棄もなくずっと頑張ってきたからEランクに上がる資格は充分にあるわ。」

「でも、わたし戦闘経験とか全くないですよ?武器すら持っていません。」

「Eランク昇格に戦闘経験は必要ないわ。必要なのは冒険者として最低限の信頼と継続、技術だけ。貴方の様な小さい女の子に難易度の高い依頼を勧めるのもなんだけれど、ランクが高くなれば受けられる依頼も増えて稼ぎも良くなると思うの。」


 どうかしら?とちらちらこちらを見る受付嬢。きっとギルドとしては冒険者には早めにランクを上げて欲しいに違いない。単純にギルドの収入は冒険者の稼ぎに依存しているから、早めに高ランクになってもらって高額依頼を回してくれた方が有難いのだろう。

 冒険者におけるランクとは、単純に冒険者としての地位を表すものだ。ランクが上になる程受けられる依頼の難易度と報酬が上がるし、高ランク冒険者はそれだけで尊敬や羨望の的になる。冒険者自体は誰でもなれるから、所謂ビッグドリームと言うやつだ。

 だから、基本的に高ランクに上がることはメリットしかない。二つ返事でokを出すべき申し出だ。

 しかし、私にとってはどうだろうか。


「……ミストちゃん、ランクが上がると何かまずいことがあるの?大丈夫?」

「いえ、ただちょっと気になっちゃって。ランクが上がると雑用依頼よりも討伐依頼の方が多くなりますよね?魔物の居る森とか山に行って、魔物を倒してくる依頼とか。」

 毎日依頼掲示板を見ていて思ったことだ。実際高ランクの冒険者は殆どが討伐依頼をメインに請け負っており、それ以外の採取や救助を請け負うことは殆どない。冒険者とは傭兵の代名詞と言っても過言じゃない。


「うーん、まあ確かにそうね。単純に需要があるからね、そういった討伐依頼をできるのはそれなりに経験を積んだ冒険者だけだから。でも、低ランク依頼を受けられなくなるわけじゃないわ。確かにランクD以上かつ戦闘が得意な冒険者達にはFランクの依頼を受けないようにお願いしているんだけれど、それは始めたてのFランク冒険者の仕事を無意味に奪わない為。勿論貴方みたいに戦闘が苦手なら問題なく受けられるわ、安全が第一だもの。」

 受付嬢はにっこりと私に微笑んだ。この人は私に何かと優しくしてくれる。恐らく年下の女の子である私が心配で堪らないのだろう。

 女性冒険者はいるにはいるが、やはり男性冒険者と比べると圧倒的に少ない。ましてや子供ともなれば私以外はほぼ見かけない。私と同じく親の庇護を持たぬ子が冒険者として働く事は少なくないが、それでも女子は滅多にいない。


 まあ、ランクを上げてもデメリットは無さそうだ。

「わかりました、Eランクになります。」

「はい、ありがとうございます。それじゃあこっちで手続きしておくね。今日からあなたはEランク依頼も受注可能だから、ちょっと見てきたらどう?難しそうなら今まで通りFランクの依頼を持ってくればいいから。あ、それと。Eランク以降は魔物と遭遇する可能性が高い以上、何か武器や防具を持っておくことを強くお勧めするわ。持っていないならこのギルドの隣の鍛冶屋で揃える方が絶対いいわよ。」

「そうしてみます。」

「あとは……一般魔物対策講座は受けたっけ?」

「はい、魔物の特徴やその対策方法について学ぶ講座ですよね?受けましたよ。あの森に出現する魔物の対策はしっかり頭に入っています。」


 それじゃあばっちりね、と受付嬢は手でokサインを出してくれた。

 依頼掲示板を見てみると、成程、確かにFランクの時とは打って変わって受けられる依頼がかなり増えた。魔物の討伐依頼が幾つも並ぶ中、魔物が住む森の採集依頼も交じっている。

 魔物と言うのは、ざっくり言うと人でも普通の動物でもない生き物の総称だ。魔力を持ち、攻撃性が高いという特徴を持っている。彼らは人間の生活を脅かす一方で、彼らの身体は素材として人間の役に立っている。

 代表的な魔物を挙げるなら、ゴブリンやスライム、オークだろうか。彼らは私が目覚める前の時代にはいなかったはずだが、ここ3000年で天界の変化に伴って生まれたようだ。


 正直私は魔物狩りをする気はない。私は生き物を殺せない。

 人も魔物も虫も植物も聖龍から見れば同じく魂を持つ生き物であり、今までだってできる限り殺生をしないように上手くやってきた。

 討伐依頼なんて受けられるはずもない。


 しかし、中には誰も殺さず達成できる依頼もあるようだ。

 例えば、この木の実採集の依頼。実と言うのは便利なものだ。寧ろ植物も採って行ってくれと言わんばかりに強調するのだから、有難く受け取れる。一々心を痛めなくていいのは素晴らしい。

 他にも外の地形や植生の調査、街の外で亡くなった人の遺品集めなんてのもある。これならなんとかできそうだ。

 試しに今日は、木の実採取依頼と植生調査を受けてみよう。特に前者は常時受注可能だから、今後の生活基盤になりそうだ。


 私は依頼用紙をはがし、受付嬢の元へと持って行った。


 ---

 この世界の覇権は人間が握っている訳じゃない。

 街と街を渡す道は当然コンクリートで覆われている訳もなく、舗装されていても石や土で固められた程度。森や山に囲まれた地形では、護衛が無ければ近くに潜む魔物に襲われる可能性だってある。

 そんな世界だからこそ、冒険者という荒くれ者の仕事が成り立つ訳で、身寄りのない私でも金銭を得られるのだ。


 今私がいるシルハの森も立派な危険地帯の1つ。ゴブリンやスライム等の弱い魔物とは言え、襲われれば命の危険がある。故に、冒険者や兵士以外の一般人が足を踏み入れることは無い。

 逆に言えば、冒険者にとっては独占できる手頃な狩場だ。モンスター素材や採集素材の宝庫と言ってもいい。


「木の実って書いてあるから上の方かなあ。」

 ふわふわと宙に浮きながらメモにあるような木の実を探す。やはりこういう時浮遊は便利だ。ぶっちゃけ歩くよりもずっと浮いたまま移動する方が余程楽な位。

 街中では気味悪がられるから普通に歩いているけれど。

 今度から足元を隠す長いローブを着てみようかな。それで足元を隠したら歩いているように見せかけながら飛べるかもしれない。


「あ、これかな?」

 すれ違いざまに橙色の綺麗な実が見え、その場に立ち止まった。依頼書に描かれた絵を見てもそっくりそのまま、きっとこれが依頼品だ。

 想像していたよりも随分大きい。背中の籠に詰めていくと、すぐに満杯になってしまう。これは何か策を考えないと同時に幾つも持ち運ぶのは難しそうだ。

 試しに幾つか抱えてみたけれど、中々に重い。浮遊能力が無ければ余計に大変だっただろう。

 それでも癒しの実をコツコツ集めるより、この実を数個持って行った方が利益が出る。変に恐れず、冒険者ランクを上げて良かった。


 植生調査の方も順調だ。

 手順としては、まず調査プロットとなる一定の面積を紐で囲み、その中の植物を種ごとに数えていく。数え終わったら別の場所へ移動し、ランダムな区域を選んで先ほどと同様に紐で囲って植物を数える。

 これを繰り返していくと、この森にどの植物がどれ程存在しているかを推定できる。前世の世界でもよくあった基本的な手法だ。

 最もこの森はかなり大きいから、調査できるのは街に近いエリアだけだけど。それでも森の様子を継続して調べていくことは、近くの街の安全性や素材の採取量に関わる重要な仕事である。それ故か報酬も美味しい。


 紐を上手く張るのがちょっと難しいが、何回も繰り返していたら流石に手慣れてきた。街のすぐ隣の草原では見かけないような植物も多くて、メモしていくだけでも楽しい。

 またこの依頼が出ていたら優先して請け負おう。普通の冒険者は興味もないだろうから、私が受注すれば依頼人も私もギルドも皆ハッピーだ。


 測定に夢中になるあまり、いつの間にか日が暮れ始めている事に気づかなかった。

 落ちた影の長さに驚いて上を向けば、青かった空に赤みがかかり、カラスの様な鳥の魔物がガアガアと鳴いている。そろそろ帰って報告しないと、受付が閉まってしまう。

 急いで測定道具を回収し、ベルトについた腰袋に適当に突っ込んでいく。中で絡まるだろうけど、綺麗に畳むのはギルドに帰ってからでいい。

 太陽が沈んだ後は危険な魔物が活発に動き出す。できれば戦闘は避けたいところ。


 しかし、こういう時に限って起こって欲しくない事が起こるものだ。

 後ろでガサガサと物音がした。早く帰らなきゃと焦って探知を疎かにしてしまったことを後悔するが、もう遅い。


 すぐ後ろの藪の影から、緑肌の生き物が足音と共に現れた。背丈は低く、私より一回り小さい。

 ぎょろりと歪んだ目は私を見据え、棍棒を握りしめた手が振り上げられている。

 ギギ、と時々鳴き声を上げては私に小さな牙を見せるように口角を吊り上げている。


 この森に生息する低級の魔物、ゴブリンだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る