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 ざーっというとても強い雨の音が聞こえた。

 久美子たち三人は時雨谷に直通する道を迂回して、少し山の下方のほうを通って、そこから時雨谷にある長いトンネルのところまで移動することにした。

 その道なき道の存在を知っていたのは、やっぱりいつも山や川などの○○町の雄大な自然の中で遊んでいる信くんだった。

 信くんはそうした山の中にある道なき道の存在をほかにもいくつも知っているようだった。

「こんな場所を通れるなんて、全然知らなかった」

 草木をかきわけるようにして森の中を進みながら、一番後ろにいるさゆりちゃんは先頭の信くんにそう言った。

「さゆりちゃんでも、まだ知らないことがあるんだね」

 まるで名探偵のように、この不思議な世界のあらゆる秘密に通じていそうな(少なくとも私よりは絶対に詳しいと思う)さゆりちゃんを見て久美子が言った。

「図書室で本ばかり読んでいても、わからないことっていうのは、この世界にたくさんあるんだぜ。関谷」

 信くんが言った。

「うん。確かに」

 にっこりと笑って、さゆりちゃんが言った。(いつもなら怒りそうな信くんの台詞なのに、さゆりちゃんはとっても嬉しそうだった)

「今度みんなで、昔みたいに森の中で遊ぼうか? カブト虫とか、クワガタとか、昆虫をとったり、蛍を見たり、あ、川で泳いだり魚とったりしてみたいかも」久美子は言った。

「いいね。キャンプとかもしたいな」信くんがいう。

「キャンプ。いいね。バーベキューとかしたい」

 さゆりちゃんが言った。

 そんな話をしていると、ふと森の中にぽっかりと空いた不思議な空間に三人は出た。

 そこには『白い二股の滝』があった。

 とても強い水量でその滝は流れていた。

 ……雨の中で、滝の上流にある岩に当たって、滝は二つの白い流れに分断されていた。

 三人はしばらく、その光景をじっと見てしまった。(そんなことをしている場合じゃないとわかっているのだけど、なんとなく、不思議と目を引く風景だった)

 滝の前には石段のようなものがあり、その近くには小さな古い祠のようなものがあった。

 そこには誰が立てたのか、白いろうそくが二本、火がついた状態で置かれていた。

 その風景を見て、そういえば、この辺りで確かに滝の音を聞いたような気がする。と久美子は思った。でも、それは変だった。

 この辺りに滝があるということは久美子は知らないことだったし(滝の音は、○○川の氾濫でできた、土砂崩れによって起こされた水の音だと思っていた)なによりもこんな古い祠がこんな場所にあるなんてことは、もっと知らないことだった。

 それは久美子だけではなくて、信くんもさゆりちゃんも同じことのようで、「こんな場所に滝も、祠もなかったぜ」「うん。私も知らない。ずっと前からあったのなら、さすがに気がつかないはずはない」と言った。

「さて、どうするか?」

 信くんは言った。

 さゆりちゃんもじっと無言のまま、なにかを考えているようだった。 

 そんな中で珍しく最初に行動を起こしたのは久美子だった。

 久美子は、まるで夢遊病の患者さんのように、森の中の道の上を、その二股の滝と、その前にある古い祠の前に向かって歩き出した。

 久美子は自分が歩いている、と言う感覚はなかった。

 久美子の中にあったのは、……『誰かに呼ばれている』。と言う不思議な感覚だった。

 久美子はその誰かの呼び声に身をまかせるようにして、自然と歩き出した。

 そんなぼんやりとした久美子の突然の行動を見て、信くんは久美子を止めようとしたのだけど、さゆりちゃんはそうはしなかった。

「待って、如月くん。ここは久美子ちゃんに任せて」

 とさゆりちゃんは言った。

 信くんは納得はしていないようだったけど、「……わかった」と不服そうな声でいい、ふわふわとまるで幽霊のような足取りで歩き始めた久美子のあとについて、さゆりちゃんと一緒に移動を始めた。

 ……世界に降る雨は、一段とその強さを増していた。

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