32 〇〇川 祈りましょう。私たちには、もうそれしかできないのだから。

 〇〇川


 祈りましょう。私たちには、もうそれしかできないのだから。


「それで話ってなに? 信くん」

 雨降りの屋上で、赤い傘をさしながら久美子は言った。

「うん。わざわざ屋上で、……しかもこんな雨の日に悪いな」青色の傘をさしながら信くんが言った。

「いいよ別に。でもどうして学校の屋上なの?」

 久美子は言う。

「……この風景をさ、最後に見ておきたかったんだよ。三島。お前とな」

 すると信くんは久美子を見て、にっこりと笑ってそう言った。

(なんだか信くんはすごく男の子っぽい顔をしていた。久美子は思わず、どきっとして、その顔を赤く染めた。

「この風景を?」

 そんな感情を誤魔化すようにして、照れ笑いをしながら、久美子は言う。

「うん。この〇〇町の風景をさ」

 信くんはいう。 

 二人は今、〇〇小学校の屋上の転落防止用のフェンスの近くに立っている。ここからだと、小さな〇〇町の町の全景が(もちろん、すべてではないけど、ある程度)見渡せた。

 山と森と、川しかない山奥にある田舎の町。

 〇〇町。

 私(三島久美子)と如月信くんと関谷さゆりちゃんが、ずっと一緒に暮らしてきた、生まれ故郷のふるさとの町。

 世界で一番素敵な場所。(世界で一番、愛している場所だ)

「いい風景だね」久美子は言う。

「ああ。こうしてみると、この町もなかなか悪くないよな」久美子を見て、にっこりと笑って信くんは言った。

「うん。本当にそう思う」久美子も同じように、にっこりと笑ってそう言った。

「なあ、三島」

 信くんは振り返って久美子を見る。

「なに? 信くん?」

 にっこりと笑って久美子は言う。

「俺、この町が好きなんだよ。なんにもない田舎の、本当にど田舎の町だけどさ、この自分の、みんなの生まれて育った町が大好きなんだ」

 信くんはいう。

「うん。私も、好き。私も、この〇〇町が大好き」

 久美子は言う。

 すると信くんは、なぜかとても嬉しそうに(あるいは、ちょっとだけ安心したかのような表情で)微笑んでから、「その言葉が聞きたかったんだ。三島も俺と同じ考えで、安心した」と久美子に言った。

 信くんは久美子を見て笑い、久美子も信くんを見て笑った。

「よし。そろそろ行くか。校庭で、関谷が待ってる」

 屋上から校庭を見ると、そこにはさゆりちゃんの薄紫色の傘が一つだけ、花開いている光景が見えた。

「うん。そうする」

 久美子はいう。

 そして二人は、それから笑顔で、雨降りの屋上から移動をして、〇〇小学校をあとにした。

 それはつかの間の、(まるで雨の日のほんの少しの晴れ間とか、台風の目とかの)雨上がりのような笑顔だったけど、それでも、久美子はとても穏やかな気持ちになれた。

 まるで、この場所が久美子のよく知っている『本当の〇〇町』に一瞬だけ戻ったみたいだ、とそう〇〇小学校の正門を出るときに、久美子は思った。

 三島久美子はそんな如月信くんとの〇〇小学校でのやり取りを思い出していた。

 それから、久美子は考える。

 ……あのとき、信くんは本当は私になにを言いたかったんだろう? って。

 でもいくら考えても(きっと頭のいいさゆりちゃんなら、すぐにわかるのかもしれないけれど)久美子には信くんの『本当の気持ち』がわからなかった。

「ついたぞ」

 男の子らしく? (信くんがそう言ったのだ)三人の先頭を歩いていた信くんが言った。

「うわー」

「……思ったよりも、ひどい」

 久美子とさゆりちゃんは氾濫した〇〇川を見てそう言った。

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