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「この世界の〇〇町でやり残したこと?」

 久美子は言う。

「うん。やり残したこと。あるいは、久美子ちゃんがやっておきたいと思っていること。これは『すごく大切なこと』だから真剣に考えて」

 さゆりちゃんは言った。

 久美子は確かにさゆりちゃんに言われるように、この世界の〇〇町の中で、『やり残していること』があった。

 それは『自分の家に帰ること』だった。

 久美子は自分の家に、あの見慣れたおんぼろな木造建築二階建ての『三島家』に帰りたいと思っていた。

 もし、久美子がこの世界にある〇〇町の三島家に戻ったとしても、道草先生が〇〇小学校から消えてしまったように、久美子の家族は、きっとお母さんもお父さんも、おばあちゃんもおじいちゃんもいないのだろうと久美子は思った。

 あるいは、久美子は少し前まで、あのバスの運転手の大熊さんが闇闇の闇川さんに変わってしまっていたように、自分の家族も黒いもやもやとした闇闇に変わってしまっているのではないかと思って、そんな自分の家には怖くて絶対に帰りたくない。だから〇〇小学校にお泊りできて嬉しいとさえ思っていた。

 でも、今は違った。

 この世界を去るにあたって、久美子はもう一度だけ、できれば、自分の家族がたとえいなかったとしてもいいから、(いてくれたら、本当に嬉しいけれど)あの三島家を見ておきたいと思っていた。

 自分の家に『さよなら』をきちんと言いたいと思っていたのだ。

 手を振って、「ばいばい。今までありがとう」って、言いたいと思っていたのだ。

 でも、それは久美子のわがままだった。

 今は一刻を争う事態だ。(たぶん)

 だから、久美子はその自分の思いを心に秘めたままで、誰にも、信くんにもさゆりちゃんにも、話さないままでいようと思っていた。

 でも、こうしてさゆりちゃんから、なにかやり残したことはある? やりたいと思っていることはある? と聞かれて、久美子は正直に「実は……」と言って自分の思いを伝えた。

 するとさゆりちゃんは「わかった。久美子ちゃんがそうしたいのなら、私たちはそうしたほうがいい。目的地は変更して、長いトンネルのある時雨谷ではなくて、私たちの実家のある、氾濫しているという『〇〇川』のほうにしましょう」と言った。

「え、でも……」

 慌てた様子で久美子は言った。(自分のわがままで信くんやさゆりちゃんを危険な目に合わせたくなかったからだ)

「俺も別にそれでいいよ」信くんは言った。

「俺も、自分の家にさよならを言いたいし、まあ、家族がいるなら、会っておきたいしな」と久美子を見て、そう言った。

「久美子ちゃん。これは大事なことなの。久美子ちゃんがそう思っているのなら、きっとこれから私たちが長いトンネルまで闇闇の襲撃を避けて、無事にたどり着いたとしても、きっと『あんまりいい結果』には結びつかないと思う。この世界は久美子ちゃんが生み出した久美子ちゃんの世界。だから、この世界の創造主である久美子ちゃんが、まだこの世界でやり残したことがあると思うのであれば、私たちは『それをやる義務がある』と思うの」

 さゆりちゃんは言った。

 久美子は悩んだ。

 でも、結局久美子はさゆりちゃんや信くんの意見に賛成して、〇〇川を渡って、自分の家に、三島家に一度帰ることにした。

「さゆりちゃん。信くん。……どうもありがとう」

 〇〇川までの道の途中で、久美子は二人に向かってそう言った。

「気にすんなよ。俺たち、友達だろ?」

「気にしないで。私たち、友達でしょ?」

 信くんとさゆりちゃんは、二人一緒のタイミングで、久美子に向かってそう言った。

 そう言った二人の笑顔を見て、久美子はなんだか、泣きそうになった。(実際にちょっとだけ、久美子は泣いていたかもしれなかった。世界がぼやけて見えていたからだ)

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