8
「お、雨が降っていた」手のひらを上にあげて、信くんが言った。
その信くんの言葉通りに灰色の空からぽつぽつと雨が降り出してきた。その(朝ずっと降りそうな灰色の曇り空の天気だった)雨は一度降りだすと、小雨から、すぐにざーという大きな音を立てる大雨に変わった。
久美子は手に持っていた赤色の傘をさした。
久美子の隣ではさゆりが本をしまって、薄紫色の傘をさした。信くんは青色の傘をさした。
そうして世界に三つの花が咲いた。
雨の中で咲いた小さな花たちは、焦げ茶色の土の校庭を歩いて木造二階建ての〇〇小学校の玄関口まで移動をした。
この小学校は久美子、さゆり、信の三人のためだけに運営されている小学校だった。
三人は今年小学校六年生で、だから来年は三人ともこの〇〇小学校を卒業してしまって、そしてそのまま来年にはこの〇〇小学校は小学校としての役割を終わりにすることが決まっていた。
(建物が取り壊されるとか、そういうことはないようだけど、自分たちが六年通った小学校がなくなってしまうことを、久美子は、きっとさゆりちゃんや信くんも、寂しいな、と思っていた)
三人は傘をたたんで玄関口で靴から上履きにはき替える。
そしてそのまま二階にあるたった一つの教室である『〇〇小六年一組』の教室まで移動をした。
ざーという大雨の音が聞こえる。
二階の窓から外を見ると、もう外の景色はまるで見えないほどの大雨が降っていた。泣いていたひぐらしの声も聞こえない。あの大きな川も、きっと増水しているに違いない。下手をしたら、小学校にお泊りなんてことにもなるかもしれない。(台風の季節に、そういう日が何日があった)
小学校に泊まるのは嫌だったのだけど、今日だけはそれもいいかもしれない。だって、家に帰っても、きっと誰もいない。
三島家はからっぽで、あるいは誰かいるかもしれないけれど、その人はお母さんやお父さん、おばあちゃんやおじいちゃんじゃなくて、もしかしたら闇闇なのかもしれないのだ。
久美子は自分が四人の闇闇と食卓を一緒にしている風景を想像して、ぞっとした。
「あ、そうだ。雨が上がったらさ、『あとですごく面白いもの。二人に見せてやるよ』」とにっこりと白い歯を出して、信くんは笑いながらそう言った。
「信くん。面白いものってなに?」
久美子は興味津々で聞く。(この世界に面白いものがあるのなら、それを見てみたいと久美子は思った。久美子は少しでも楽しい気持ちになりたかったのだ)
「それは秘密。雨上がりに。あとでな」
と、とても嬉しそうな顔をして、信くんは久美子に言った。(さゆりちゃんは信くんのことをいつものように無視していた)
そんな会話をしたところで、三人は六年一組の教室のオンボロの木造のドアの前まで到着した。
そして信くんががらっとなんのためらいもなく、そのドアを開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます