第2話 アタシは彼女を『君(くん)』付けで呼んでいた……らしい
空が青い。
日差しは強いが、風が少し冷たくなってきた気がする。
咲き誇る花の香りが風に乗って……は来ないか。ゴメン、盛り過ぎた。
朝から大勢の観光客の車が道路を走っており、騒音と排気ガスは街に濁りを与えると一緒に活気があることを教えてくれる。
流石は北海道・富良野市。もうすぐ夏も終わるっていうのに、まだまだ潤いが止まんないね。
「……んで、なーんでフローレスさんがアタシと一緒に学校行ってんの?」
「なんでって、不思議なことを訊ねるのですね」
アタシと同じ制服を身に纏い、アタシと同じ歩幅で、アタシの横を歩いているフローレスさんは、アタシの質問にフッと笑い。
「私がユリさんの隣を歩く。それは紀元前の頃から存在する常識であり、雨の雫が空から地面に落ちるのと同じ自然現象ですよ」
腕を組み、体を密着させ、真っ直ぐな瞳でそう告げてきた。
へー、アタシって紀元前の頃から生きてたんだ。知らなかったなー。
って、何言ってんだか。あと暑いからとっとと離れて欲しい。
「それに、私が一緒じゃないとユリさん学校に辿り着けないじゃないですか。道、覚えてます?」
おっと、急な正論パンチ。
ちくしょう、何も言い返せないぜ!
いつまでもくっ付かれると歩きづらい上に恥ずいので、アタシはフローレスさんを無理矢理剥がすと。
「フローレスさん。一応言っとくけど、アタシはまだ信じてないからね。友達ならまだしも恋人なんて……。しかも女の子同士のカップルだなんて……」
「ユリさんが信じる信じないは自由ですけど、私とユリさんが付き合っていたという事実は揺るぎませんからね。もう一度写真お見せします?」
そう言って、フローレスさんはスマホにアタシとのツーショット写真を表示させ、グイグイとアタシの顔面に見せつけてくる。
「い、いいって! もう何度も見たし」
「いいえ、これも記憶を取り戻す為です。私と築いてきた思い出を忘れたままなんて許しません!」
その叫びの後、アタシは半ば無理矢理にスマホを渡されてしまう。
ラインのトーク履歴にあった写真だけでなく、フローレスさんの写真フォルダにはアタシとのツーショットが大量に保存されていた。
画面をスクロールする度に、まだまだ見た事のない写真が発掘される。
一緒にメロンを食べる写真。
花畑をバックに一緒にピースしている写真。
二人で水着になって海水浴をしている写真……。
「あの、ユリさん。そんなにマジマジ見られると照れるのですが……」
「お構いなく。あっ、クッソ! パスワードのせいでライン入れないじゃん! あとでこの写真アタシにも送っといて」
フローレスさんが何か言いたげな目をしている。
まったく、一体何を勘違いしているのやら。
今のはそう、海の綺麗さに心を奪われていただけだ。
決して水着姿に目を奪われていたとか、決して彼女の学生離れした豊満なえちえちボディに悩殺されていたとかではない。
ただまあ、もうちょっと色々見てみてもいいかもしれない。
他に露出の多い……いや、アタシの記憶を取り戻すトリガーとなる写真がある可能性も捨て切れないし!
「……ってあれ、もう終わり?」
スケベ写真を探しているうちに、いつの間にか一番古い方まで遡ってしまったみたいだ。
今から約5ヶ月前、3月31日まではたくさん写真があったのに、その次は一気に飛んで2018年6月の一枚だけ。
7年前……、アタシがまだ9歳の頃か。
その一枚の写真は、満月の夜空をバックに密着している、同い年くらいの幼女達のツーショットだった。
「この写ってる子達って、ひょっとしてウチら?」
やだカワイイ。なにこのプリチーなお人形さん達。
この金髪の女の子はフローレスさんで間違いないよね。満面の笑みでもう一人の女の子の腕にしがみ付いてる。カワイイ。
こっちの黒髪の女の子は……アタシ、かな?
くっ付かれて少し戸惑ってるのか、頬を赤らめながら若干カメラから目を逸らしている。ふーん、カワイイじゃん。
でもなー、格好だけもうちょいどーにか出来んかねー。
夜まで派手に遊びまくったのか知んないけど、服めっちゃ汚れ過ぎ。
アタシがクスクス笑っていると、横からフローレスさんがヌッと顔を覗かせてきた。
「わあ、懐かしい! 私達が初めて一緒に仕事をした日じゃないですか」
「仕事?」
アタシからスマホを回収するなり、フローレスさんはその一枚の写真を見ながら「抱き着きたい」だの「吸い込みたい」だのと呟いている。
後で通報しておこう。
それにしても、仕事って一体なんだろう?
小学生がやるような仕事って、かなり限られてくるけど……。
ハッ! ひょっとして、売れっ子の子役さんとか!?
まあ確かに? アタシってそれなりに、いやかなりの美少女だし。いかにもスター性を秘めてるっていうか、もう只者じゃないオーラがビンビンに溢れちゃってるっていうか〜!
「一応言っておきますが、ユリさんは芸能人でもなんでもないですからね」
「違うんかい。もうちょい夢見させて欲しかったなー。……じゃあ仕事ってなんのこと?」
「いずれお話しますよ。それと、ユリさんにお願いがあるのですが……」
「お願い?」
アタシが首を傾げると、フローレスさんは少し仏頂面を浮かべながらこちらを向いて。
「これから私のことは
「うえー……。いいよ」
「なんで今一瞬嫌そうにしたんです?」
「だってアタシ人見知りだしー、いきなり名前呼びとか恥ずかしいっていうかー」
「でも、いいんですね」
「もしかすると、アタシって実は人見知りじゃないのかもしれない」
「キャラ振れ過ぎじゃないですか」
「しょうがないじゃん。前のアタシがどんなキャラだったか知らないんだから。今はこうやって模索してんの」
「はあ、まあそれはお任せしますが……。とりあえず、今後私を呼ぶ時は『リリィ君』でお願いしますね」
「ちょっと待って。くん? アタシ、キミのこと
「ではどうすれば……」
「ちゃんで! アタシ、今からキミのことは『リリィちゃん』って呼ぶから! その方がリリィちゃんも絶対いいっしょ?」
そんなしょうもない会話を繰り広げている内に、目の前や背後、向かいの歩道に続々と同じ制服を身に纏う同年代の男女が現れてきた。
目的地が近い証拠だ。
「いやー、緊張するねー! 一体どんな友達が待っているんだろう?」
「うーん……」
「どしたの?」
「いや、ユリさんに友達なんて居たっけ? と思いまして……」
「ちょっとやめてよ! そんな悲しいネタバレ聞きたくないんだけど! 戦う前から負けが決まってるみたいで、すっごく萎えるんだけど!」
「でも大丈夫ですよ。ユリさんには私が居ますから。なんてったって、私はユリさんのガールフレンドですから!」
「ちょっ、だからいきなりくっつかないでってば!」
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