第3話 アタシは語尾に『ござる』を付けて喋っていた……らしい

 北海道立・シロツメ高校。

 ここがアタシとリリィの通っていた高校、そしてこれから通う高校……らしい。

 全校生徒482名。四階建ての白亜の校舎をぐるりと囲うように木々が生い茂り、敷地内には大きなグラウンドだけでなくテニスコートも設けられていた。

 校門から校舎へと続く道の端には花壇が設置されており、そこから咲くサルビアやマリーゴールドがアタシ達を迎えるように風に揺られている。

 校舎に入ると同時に学年の違うリリィとは一度別れ、アタシはホームルームが始まるまで教室の窓際最後列である自分の席にて待機していたのだが……。


「ねえ、アレ……」

「ヤバいよね、夏休みマジックってヤツかな?」


 さっきからなんだか騒がしい。

 顔も名前も知らないクラスメイト達が、アタシの方を見るなりヒソヒソと話し合っている。

 やっぱ髪色かー……。

 無理もないよね〜、夏休み前まで黒髪だった子が急に真っ白になってんだもん。

 流石に気になってしょうがないのか、一人の女子生徒が他を代表するように話し掛けてきた。


「お、おはよう、灰園さん……」

「おはよー、えーっと……」


 ヤバい、名前が分かんないからスムーズに会話が進まないや。

 思い切って名前を訊いてみる? でもな〜……。


『周囲の混乱を避ける為にも、記憶喪失のことは隠しておきましょう。ただでさえ髪色で悪目立ちしちゃってますし……あっ、でも私は大好きですよ。白い髪のユリさんも、高貴でかつ儚げな印象があって素敵ですから!』


 って言われちゃったしな〜……。

 しゃーなし、ここは上手く誤魔化して……。


「どうかな?」

「えっ、どうって……?」

「髪色だよ、髪色! 思い切って染めてみたんだけど、似合う?」


 あえて自分から髪色について切り出す。

 これなら名前が分かんなくてもそれっぽく話を進められるし、向こうも訊きづらそうだったからちょうどいいや。


「う、うん! いいと思う……よ?」

「あれ? なんか反応ビミョくない? 可愛いと思うんだけどなー」


 不服さをアピールする為、アタシは頬をプクーッと膨らませ、指で白のサイドテールを絡ませる。


「ア、アハハ、ゴメンね……」


 女子生徒が分かりやすい愛想笑いを浮かべている。

 しかしなんだろう、この違和感。

 教室がやけにざわついている。

 最初はアタシの髪色に反応していたクラスメイト達が、今度はアタシそのものを見ながらヒソヒソと話している気がした。


「なんか灰園さん、変わったね」


 突然、女子生徒からそんなことを言われてしまう。


「えっ、アタシ?」

「うん、前よりも凄く明るくなったというか……。声色とか表情も別人みたいだなーって」


 おっといけね、キャラを間違えたか。

 リリィちゃんのスマホにあった写真のアタシがどれも天真爛漫な笑顔で、今まで家族とかと会話してても特に喋り方についてツッコまれなかったから、てっきり元気っ子キャラなのかとばかり……。


「ねぇ、参考までに聞きたいんだけど、アタシって皆から見てどんな感じの人だった――?」



 ホームルームが終わり、アタシはリリィちゃんに廊下へと呼び出された。


「クラスメイトの方達とはお話し出来ましたか?」

「まあね。とりあえず、アタシに関する情報は色々手に入ったかな」


 教室で聞いた内容を思い出しながら、復唱と共に指折り数えていく。


『えーっと、教室じゃいつも一人だったかな。なんかずっと可愛い女の子が表紙の本読んでて、本が友達〜って感じの印象』

『皆の名前呼ぶ時、なになに殿どのって言ってたよね』

『語尾にござるって付けてたー』


「あーあと、『壁を走っていた』とか『天井に張り付いていた』なんて言ってる子も居たけど、まあ嘘で間違いないっしょ」


 クラスメイトから聞いた記憶を失くす前のアタシに関する情報を整理していき、アタシは一つの結論に辿り着く。


「ねえ、リリィちゃん。アタシって、実は超の付くオタクちゃんだった?」


 リリィちゃんがニコッと笑った。

 え、なにその笑顔? ちっとも意味分かんないんだけど。


「可愛い女の子が表紙の本って、絶対ラノベとかだよね。ウチの部屋の本棚にギッシリと並べてあったし。今朝カバンの中見てみたけど、教科書よりラノベの方が多かったし」

「とても熱心な読書家さんでしたよ。私にも『これで社会を学びなさい』と、おススメの作品を紹介してくださいました。まあもれなく全部、ハレンチなイラストでいっぱいなハーレム系ラノベでしたが」

「あと人を『殿どの』付けで呼んだり、語尾が『ござる』ってコレ完全に中二病発症しかけてるよね。しかもそんな侍や忍者が使うような古めかしい言葉で喋るのなんて、そこそこ古いタイプのガチオタちゃんじゃん。絶対自分のこと『拙者せっしゃ』って呼んでる奴じゃん」

「正解です。よく一人称まで分かりましたね」

「ちっとも嬉しくないよ!」


 廊下に響き渡るくらいの声量でツッコむと、アタシは崩れながら頭を抱えた。

 なんてこっちゃ……。

 リリィちゃんの言ってた通り、これ絶対友達とか居ないパターンじゃん! 

 本の友達じゃなくて、アタシは人間の友達が欲しいのに……。

 まさか記憶を失くす前のアタシが、ずっとぼっちでスクールライフを送っていただなんて……。

 ……あーでも、ぼっちじゃないか。


「そういえば、最後にこんなことも言ってたっけ……」


 友達は居なかったかもしれない。

 けど、恋人なら居た。


「いつも後輩の金髪美少女が隣に居た、って」


 教室で教えてもらったクラスメイトの言葉をそのまま伝えると、リリィちゃんはフフンと誇らしげに。


「ね? 言ったでしょう?」


 腕を組み、自信たっぷりにそう返した。


「ああ、マジでウチらカップルだったんだね……」

「なんでそんなに残念そうなんですか。こんな可愛い美少女の恋人が居て、なにか不満でも?」

「不満とかは無いよ。でもやっぱり不安が消えないんだよ! ビックリが止まんないんだよ!」


 正直今まで半信半疑だったけど、クラスメイトの言葉を聞いて確信に変わってしまった。

 外だけならまだしも、まさかクラスメイトにまで知れ渡るくらい、この子とそういう関係を楽しんでいただなんて……。


「アタシだって学校の女の子と一緒にワイワイしたいって気持ちはあるよ? でもイチャイチャしたいって訳じゃなくって……、そういうのとは少し違くって……」

「でもさっき、私の水着写真を食い入るように見詰めてましたよね。その後も必死に露出の多い写真がないか探してましたし」

「なんの話かな?」


 アタシはふいっと目を逸らし、とぼけたフリをする。

 それを見て、リリィちゃんはハアと一つため息を零し。


「いいんですよ」


 突然アタシを壁際に追い詰め、両手で顔を挟むように壁ドンし。


「私はユリさんの恋人です。生涯を共にすると誓い合ったパートナーなんです。だから、本能のままに、欲望のままに、私の心と体を貪り、私にその心と体を捧げてしまってもいいんですよ」


 そんな、聞いてるだけでも恥ずかしくなるくらい、怖く、そして熱い言葉をぶつけてきた。

 ああ、どうしよ……。

 なんかすんごい胸がドキンドキンしてる。

 アタシって実は押しに弱いタイプだった?

 こうして顔が近付いていく毎に体がムズムズしてきて、心のどこかでこの状況を楽しんでいる自分が居るのが分かる。

 もしかして、これが本当のアタシ?

 互いの呼吸が肌をなぞる。

 あとほんの数センチで唇がくっつきそう――その時だった。


「おーい、もーすぐ授業始まるぞー。早く教室に戻れ―」


 一人の女性教師がアタシ達に声を掛けてきた。

 確かあの人は、アタシのクラスの担任をしている……蓮葉はすのは先生だっけか。


「先生……今いいとこなんで、邪魔しないでもらえます?」

「いーや邪魔するね。授業サボって不純異性交遊とか、許されると思うな」

「異性じゃありません。同性です」

「そっか。……じゃあいっか」

「いや良くないっしょ! 止めて止めて頼むから!」

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