初めての◯◯をもう一度

第1話 アタシには彼女が居る……らしい

 アタシの名前は灰園はいぞの小百合さゆり

 歳は16、真っ白なサイドテールがチャームポイントの高校二年生。灰園家の長女……らしい。


「おはよう、小百合」

「おはよーパパ。今日も無精髭がサイコーに決まってるね」

「当然だ」


 彼の名前は灰園カガチ。

 歳は40、職業・ワイドル気取りのタクシー運転手。アタシの父親……らしい。


「あら、おはよう小百合。ちょうど朝ご飯が出来たところよ」

「おはよー、ママ。ってハムエッグじゃん! アタシ卵嫌いって言ったよねー!?」

「卵は完全栄養食。食べない人から早死にするわよ」

「えっ、マジ? じゃあ今日から毎日食べよ」


 彼女の名前は灰園エリカ。

 歳は38、職業・何やってるかよく分からない自営業。アタシの母親……らしい。


「おはようございます、お姉様。ささっ! スミレの隣が空いていますよ。どうぞこちらに!」

「おはよー、スミレちゃん。ゴメンね、今日も起こしてもらっちゃって」

「いえいえ、むしろお姉様の寝顔を独り占め出来てラッキーでした! 本心では、眠っているお姉様のベッド……いえ、お姉様のパジャマに潜り込み、お姉様の温もりと素肌の感触を存分に楽しみたかったのですが……」

「んー、それはちょっちキモいかな。パパ、席変わってあげてもいいよ」

「こないだ隣に座ったらスミレに『加齢臭キツいから消えて』って言われたからイヤ」

「スミレちゃん、世の中には言っていいことと悪いことがあるんだよ?」

「すみません、でも本当にキツくって……」

「どれどれ? ……うっぷす、確かにこれは犯罪レベルだね。裁判飛ばして実刑にしなくっちゃ」

「よし、小娘共。今からお前達をヴァルハラ送りにしてやろう」


 彼女の名前は灰園スミレ。

 歳は14、キモいぐらいシスコンな中学二年生。灰園家の次女にしてアタシの妹……らしい。

 え? なんでさっきから家族や自分の紹介で、こんなに『らしい』なんて曖昧な表現を多用してんのって?

 答えは簡単。

 アタシは知らないのだ。

 いや、覚えていないとでも言うべきか。

 今日は2025年8月25日。

 その1週間前である、8月18日にアタシはそれ以前の自分のことを、自分と関わってきた人達のことを、自分という人間を構成する全ての記憶を失くしていた。


 いわゆる、記憶喪失というヤツだ。


 テレビから流れるニュースをBGMに、アタシはこの家族を名乗る人達と一緒にリビングで今日最初の食卓を囲む。


「お姉様、頬にご飯粒が付いてますよ」


 アタシの頬から米粒を摘まみ取ると、スミレちゃんは当たり前のようにそれを口に運んだ。

 目の前で一緒に朝食を摂っている両親がクスクスと笑っている。

 ……ちょっち恥ずい。


「お姉様、顔が赤くなっていますよ」

「アタシの顔はいつだって男梅顔負けに真っ赤だよ」


 ニヤついた顔でイジってくるスミレちゃんを適当に流しつつ、アタシはハムエッグを口に入れる。

 マズ……いや美味しい。卵大好き。

 相変わらず舌がなんかピリッとするけど、まあこれも長生きの為ってことで。

 朝食を終えた後、アタシは部屋に戻って二度寝……は、今日は許されないんだった。そうだったそうだった。

 パジャマを脱ぎ捨て、淡い空色のスクールシャツに袖を通し、紺色のチェックスカートを身に付け、少し緩めにネクタイを結ぶ。

 今日から学校で二学期とやらが始まる……みたいだ。

 勿論、学校に行ってた記憶もないので、一体どんな顔で登校すればいいんだろう。

 一体どんなキャラでクラスメイトに関わればいいんだろう。


「なーんかヒントでもあればいいんだけどなー」


 アタシはスマホを起動させ、過去の自分に関する情報がないか調べることにした。

 けれど、アタシという人間はあまり思い出を大事にしないタイプだったのか、写真フォルダには一枚も自分の写っている画像が無かった。

 遡っても遡っても、あるのは美しい景色や美味しそうな料理と一緒に写っている、金髪碧眼の美少女の写真だけ。

 まあとはいえ、これしかない訳じゃない。

 ラインのトーク履歴を開いてみれば、相手から送ってきた写真の中に実はチラホラと見受けられたりするのだ。

 先程の金髪碧眼の美少女と一緒に、ソフトクリームを美味しそうに頬張る――真っ黒なサイドテールのアタシ。


「やっぱし、今からでも染めた方がいっかなー……?」


 アタシはその写真を眺めながら、指で自分の髪をクルクルと巻いた。

 スマホの画面に映る過去のアタシのそれとは対称的に、淡雪の如く儚く消えてしまいそうな真っ白の髪を。

 アタシは自分の髪が黒かった時代を知らない。

 目覚めたその瞬間から、アタシの髪色は今のように真っ白だ。

 両親の推測では、記憶を失った際の何かしらのショックが原因で、髪の色素が落ちたのだろうという話だが……。

 ……ポンッ!


「ん? メッセージ?」


 突然、ちょうど開いていたトーク履歴の相手からメッセージが送られてきた。


『今着きました。さあ、今日からまた二人の毎日登校ラブラブデートが始まりますよー!』

「またって……、そもそもアタシ、ホントにそんな風に学校に行ってたか知らないし、信じられないんだけど」

『既読が即付いた……。ってことは、ユリさんも私が到着するのを心待ちにしていたと? 早く私と、この燦々と輝く太陽よりも熱いイチャイチャデートに興じたいと!?』

「な訳ないじゃん。ハア〜……」


 返信するのも面倒くさいので『バーカ』と書かれたキャラスタンプだけ送り、アタシはカバンを持って部屋を出る。

 階段を降り、家族に『いってきます』を告げた後、玄関のドアを開けると同時に彼女は現れた。


「おはようございます、ユリさん。さあ、一緒に学校へ行きましょうか」


 ハーフアップに纏められた、透き通るようなブロンドヘアを風に靡かせ。サファイアの瞳と、思わずひれ伏したくなるような満面の笑みでアタシを迎えにきた美少女。

 彼女の名前はリリィ・金恵かなえ・フローレス。

 歳はアタシと同じ16。同じ高校に通う一つ下の後輩で、家族を除き唯一アタシが記憶喪失であることを知っている人物であり……。


 アタシの恋人…………らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘却のリリユリ 海山蒼介 @hanakaruta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画