第17話 いざ行かん仙界への扉
「あれが……異界ゲート」
眼前には連続性のない光景が存在している。
そこには階段が設置されており、5メートル強の橋桁が此方側の上段部から彼方側へと伸びている。
橋桁の奥にある彼方側は、石壁で作られたような空間が広がっており、道士服を着用した人物が壁に寄りかかって此方側を見ていた。
本来、階段の頂点から奥の壁までは3メートル弱で、そこには窓や扉どころか穴一つないのだが、橋桁の存在を許容しているソレこそが仙界へ繋がる異界ゲートであった。
「はい、では付き添いの方はここまでとなります」
「お母さん。ここまでありがとう」
「怪我しないように気をつけるのよ?芒野原さん、ひよりの事よろしくお願いします」
「はい。できうる限りの事をさせていただきます」
芒野原に先導されたひよりは、母親と出入界管理官に見送られ、仙界への異界ゲートへと歩きだした。
階段を上る度に心臓がドキドキと高鳴る。
修行中に葛の葉が語った仙道の目指すもの。
これから先、人生の大半を過ごすかもしれない場所。
(ここを通ったら仙界……)
強張りながらも橋桁へと踏み出す。
「ひより、いってらっしゃ~い」
背後から母の声。
自然と笑みが浮かぶ。
そのまま振り向いて手を振る。
「いってきます!」
彼女の後ろ姿は晴れやかだった。
◇
壁にもたれかかっていた道士服の――おそらく男性は、近づいた二人に目線をやり、片手を振って行先を示した。
彼の行為に芒野原は頷くと、ひよりに振り返った。
「問題ないそうなので、こちらについて来てください」
(目と目で通じ合う……的な?)
ひよりが頷くのを確認すると、指し示された方向へと歩き出す。
そちらを見ると開口部になっている。
追従し、くぐった先は一本の回廊であった。
「この先に仙界側の出入界記録をしている部屋があります。そこで名前の記入をしてもらい、別室に移動して仙界滞在における生活ガイドの動画を視聴頂きます。数分で終わりますし、別途ガイドブックをお渡ししますので気軽に見てください」
(社会科見学先に入る直前のビデオ学習……?!)
ぐるりと歩くさなか、簡単な予定を語る。
どうせなら先にガイドブックを渡しといてくれと内心毒づくが、考えを読まれたかのように言葉が続いた。
「せっかくこだわって作ったから必ず見せるようにしているそうです」
「へ、へぇ……」
「ガイドブックを読んだ後だと新鮮な気持ちにならないから絶対先に渡すなとも言われましたね」
(そんなこだわりいらないよ…)
そうして異界ゲート裏辺りまで進み、通路の突き当りには二つの扉。
右側ある金属製の頑丈そうな両開きの引き戸と、正面の片開のドア。
芒野原は迷いなく正面のドアを開く。
カウンターに紙とペンが置かれた小さな部屋。
指示を受け卓上の用紙へ名前を記入する。
昨今、記録を紙に直接記載する機会は少ない。
ひよりはレトロな雰囲気に関心しながらも、次の部屋へ進んで生活ガイドを視聴した。
◇
可も不可もない数分の動画が終わった。
薄暗い部屋内に明かりが灯る。
「どうでしたか?」
「あ~…普通?でした」
「ですよね。撮影から編集まで1からこだわって作った仙具で撮影編集したそうです」
(こだわりのポイントそこ?!)
「どうせなら内容をこだわって欲しいですよね」
(ホントだよおおお!)
芒野原の発言に無条件賛同していると、ガチャリと音が鳴った。
発生源に目を向ける。
扉が開き、数人が話しながら入室してくる。
「がははは!手厳しいなあ!」
最初に入ってきた無精ひげが目立つ恰幅のいい黒髪の中年男性。
陽気な声を響かせ、お付と思しきポニーテイルの女性と共に向かって右側まで歩いていく。
「つまらんから止めておけというたじゃろう?ワシには想定内の反応よ」
続いたのはしゃがれた声のする金目銅髪の若い男性。
正面に立っている芒野原の前に移動した。
「騒がしくてすまんな。ひより嬢、君の来界を歓迎しよう」
最後はハスキーな女性の声がする、白い毛並みに朱色の模様の狐。
葛の葉のように数多の尾を備えており、単独で向かって左側にとどまる。
経験が少ないひよりでさえも一見して熟練の仙道だと分かる三仙が登場した。
予告もなしに突如現れた彼らに「は、はいい!」と答えたひよりの内心慌てふためいていた。
(たぶん偉いヒト達だよね!ど、ど、どうしよおお?!立ったほうがいいのかな?!)
嘘だ。内心どころか外見でもわかるほど狼狽していた。
「あいたっ!」
急いで腰を上げたせいか、ひよりは態勢を崩しその場ですっころんだ。
恥ずかしさで半分涙が出かかっていたが何とか耐えて立ち上がる。
仙界に来たばかりであるが、一か月でなく今日一日で帰宅したくなった。
(初っ端からこんななんて、ないよおおお!)
失礼だとひよりも分かってはいたが、羞恥心で俯いている。
お尻がちょっと痛い。
来界に合わせてのサプライズだったのだろうが、心の準備もなくされたほうはたまったものではなかった。
主催者側も彼女に心配の言葉をかけたうえで「どうするよ?」と視線を一人の人物に集中させる。
「す、すまん!そんなに慌てるとは思わなくてな……ほんとスマン……」
集中された先にいた、立案者であろう恰幅の良い男性が、片手で頭をかきながら謝罪した。
◇
「あ~大丈夫かね?ひより嬢。無理そうなら休憩を挟んでも良いぞ?」
「そ、そうだな!一度休憩をいれよう!」
「いえ、大丈夫です……」
「本当に大丈夫か?!無理はしないほうがいいぞ!」
「本人が良いと言っておるんじゃ。さっさとすませるぞ」
「はい、お構いなく……」
(もうなんでもいいから、はやく終わらせてえええ!)
残念だが、この居たたまれない空気から、もうしばらくは開放されないのであった。
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