第16話 常人には忌まわれる事象

☆仙界直産料理店『桃源郷』☆

   営業時間 午前11:00~13:00

            (ラストオーダー)

   本日のオススメ♡数量限定仙界直産桃♡


「ここです」


芒野原に案内された店……いや扉にはA4用紙がクリアファイルに挟まれた状態で貼り付けられており、手書きで店名と営業時間、本日のオススメが記載されていた。

外観は通路の途中にあるスタッフ用の扉だし、A4用紙なんて誰かがいたずらで貼り付けたようにしか見えず、ここが店だとしても明らかな地雷臭を醸し出している。

そもそも公式サイトや、さっき見た施設案内にもこんな店は掲載されていなかった。


(うわ……入りたくない)

「あの…ここに入って本当に大丈夫なんですか?」


芒野原が平然としているので入っても大丈夫なのだろうが、ひよりには施設関係者に厳重注意されそうな未来しか予見できない。

先ほどまでテンションの高かった母親は一転して引き攣った笑みを浮かべているが、芒野原はどこ吹く風でドアノブに手を伸ばした。


「何度も来たことがあります。心配ありませんよ」


とてもいい笑顔だった。



「あら、この料理本当においしいわね!しっかりしたっ触感に、噛めば噛むほど食材本来の旨味が濃縮された魂の味というのかしら?それが口の中に広がるわ。しかもこのソースと絡み合うことで絶妙なハーモニーを醸し出し――」

(なんか料理評論家みたいになってるううう?!)

「お気に召したのなら嬉しいです。紹介したかいがあります」

「ええ本当!今までの人生損してました!」


扉の中はこじんまりとした料亭のような内装で、座席は十数人分しかなかった。

店内に入ると店員から「定食にオススメの桃が付きます」との説明を受け、芒野原からも「定食が一番いいですよ」と進言され、二人はそれに倣い同じものを注文した。

そして、運ばれてきた料理を母親が食べると急に漫画の登場人物のようなリアクショオンとコメントをしだしたのだ。

そんな母親に唖然としながらも、恐る恐ると料理を口に運ぶ。

自分もあんなことになってしまうのではないか……そんな恐怖を胸に箸をブルブルと震わせていた。


むしゃむしゃ……ゴクリッ

(……いや確かに美味しいけど、そこまで褒めたたえる程じゃない……お母さんが怪しい薬使ってる人みたいになるとか大丈夫なのこの店?!)


実際に食事を口にした感想は美味しいけどそれだけだ。

ひよりは芒野原に大して疑惑の視線を向ける。

それに気づいたのか口を押えながら「ごめんなさい」と笑う。


「実は仙界産の食材は仙人以外が食べると途轍もなく美味しく感じるの。私も初めてここに来たときはお母さまのように興奮していたわ。でも安心して、依存性なんてないし、何でそこまで興奮していたのか分からなくなるから大丈夫よ」

「あらあら。それならなら安心ね!」

(いやいや!本当に大丈夫なのソレ?!)


もうツッコむにもツッコめないところまで来てしまっていた。

そんな賑やかなテーブルだが、料理を食べ終わったタイミングで、一口サイズにカットされた本日オススメの仙界直産桃が配膳された。


「この桃、美味しいだけでなく美容や健康にもいいんですよ?」

「本当?!それは是非食べないと……むしゃむしゃゴクリ……んっまあああ~い!」

(……もう見なかったことにしよう)


またも料理漫画の住人のように活舌な美辞賛美を繰り広げはじめた母親が光り輝いているように見えた。羞恥心から顔を真っ赤にしたひよりは気のせいだと見て見ぬふりをすることにした。


「本当に美味しかったわ~。また食べたい気持ちはあるけど叫んじゃうのはちょっとね……」

「大抵の方は叫んでしまうので、店の外に声が漏れないよう、入念に防音対策しているんですよ」

「それでスタッフ入口みたいになってたのね~」

(いや……そもそも叫ぶような料理ださないでよ)

「そうだひより、帰りのお土産は仙界直産桃をお願いね!」

(家で叫ばれたら嫌だな……)


美容と健康にいいと言われたのを忘れていなかったのか、当然のようにお土産を要求する母。

しかしそこに食器を回収しにきた店員から待ったの声がかかる。


「申し訳ないのですが、それは無理でしょう」

「あら、そうなの?」


不思議そうに聞き返す。


「こちらの店に提供されている食材は、仙人以外が口にしても大丈夫なように調整された一品です。未調整の桃を普通の方がお食べになると、効果がありすぎるので良くても瀕死で、大抵の場合は死んでしまわれます」

「そ、そうなの?」


不安気に聞き返す。


「はい、食材の調整も手間暇かける必要がありますので、量産には向かないのです。この直営店は数量限定の安価で提供しておりますが、様々な方にお食べいただく為、再度の来店は基本的にご遠慮していただいておりますし、余った分は一部の好事家に高値で取引されております」

「そう、ありがとう」

「いえ本日はご来店ありがとうございました」



昼食を食べ終わった三人は出入界管理場前に戻ってきた。

少々早めであったが本日の出入予定はひよりと芒野原だけであり、出入界管理官の先導の元、異界ゲート前まで移動することになった。

道中『桃源郷』での話を改めて思い出したのか母親が不安を零す。


「仙界の食べ物って普通の人には危険なのでしょう?ひよりは大丈夫なのかしら……」

「大丈夫ですよ。私が異界留学した当時でも問題ありませんでした。それにひよりさんは『桃源郷』で叫んでいませんでしたからね。」

「そうだといいんですけど……」

(飲食しなくても大丈夫なんだけどなあ……)


逆に不安にさせる気がしてどうしても言い出せなかった。


「不安でしたら希望者のみですが、異界帰還者用に国の全額負担で年2回の定期健診の案内があったはずです。其方を検討してみてはいかがですか?」

「ああ。あれですか」

(ん?)


ひよりは把握していなかったが母親は知っているようだった。


「私の母も当時とても心配しましてね。異界から帰還する度に国の定期健診を受けています。今まで異常は一度もなかったんですが」

「そうですね……ひより、ここでする話でもないし家に帰ってきたら話しましょう」

「うん、わかった」


そこから異界ゲート前まで他愛もない話をして進んだ。

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