第15話 基礎を収めた成果
修学旅行から地元に戻ってきたひより達は普通の日常を謳歌していた。
といっても多くの同級生の話題は、進学先の選定やら説明会はどこに応募したとか、修学旅行前の能力談話から移り変わっている。
自身の成績が希望校進学に重要だと気づき始める生徒も多く、勉学への取り組みへの真剣さも増しているのだ。
それは彼女の友人関係内でも同じであり――
「なっちゃん、ここ間違ってるよ」
「あら本当ですわ」
「あああなんでだ〜っ!この問題紛らわしいんだよおっ!」
期末テスト対策で勉強会を開いていた。
対策名目で集まってはいるが、実質のところ夏海の為に開催されている。
近所の高校へ進学するには厳しい成績なのだ。
「そもそも!去年までテストがダメダメでっ!進路がホボ決まって勉強する必要ない筈のひよりがっ!なんでオレより勉強できるようになってんだよお~っ!!」
「ええっ?!ずっとなっちゃんより成績よかったよ?!」
「あれ…麗奈?そうだったか?」
「夏海より良かったのは間違いないですが僅差だったはずです。それが今や私よりも理解してそうなのが……このままでは『今更勉強してももう遅い』と私と夏海がザマァされてしまいますわ」
「くっ、ひよりめ覚醒系主人公だったのか!思い通りにはさせないぞっ!」
「ええっ!しないよそんなこと~!」
ひよりが唐突にいじられ、慌てふためきだすのも彼女達の日常の一部だ。
しかし麗奈の指摘通り、ひよりの勉強への理解度が、過去よりも上昇しているのは事実。
(そういえば修行に必死で気にしてなかったけど、葛の葉さんと会ってから体が軽くなったり物覚えが良くなった気がする)
修学旅行まで、ひよりは天性の才能で強引に昇華を行っていた。しかし葛の葉と出会い、先人が積み上げた熟練の技術を習得修正させることで格段の効率を誇るようにる。
覚えが良いことに気を良くした葛の葉は、昇華という基礎中の基礎だけではなく、仙気による身体運用の基礎まで叩きこみ、常人を遥かに超える身体スペックを持たせたのであった。
が、元々ひよりは体育の授業でも息切れしない程度の動きしかしない質だった。
おかげで自分が全力で体を動かすとどうなるかという把握もしておらず、葛の葉から「現世では不必要に力を行使するでない」との教えを受け実施しているため、なんか調子がいいな位にしか思っていなかった。
◇
「見てくれ!オレ全教科80点超えてるぜ!」
「あら夏海も頑張りましたね。この調子なら志望校も何とかなりそうで良かったですわ」
「……わ~。やったねなっちゃん」
六月末に期末テストが終了し、七月の初めには全ての答案が返却された。
各々が一喜一憂しあい、彼女たちも同様であったのだが、ひよりのギコチなさに友人二人は気づく。
「ん~?なんか隠してないか~ひよりぃ」
「いつもより反応が薄かったですわね?」
「(ギクッゥ?!)そ、そんなことないよ~」
「怪しいぞ~!」
「ちょっと答案見せなさい!」
「ああっ?!」
引き攣った笑みを浮かべたひよりから、強引に答案を回収した二人は、その点数に驚いた。
「嘘だろ…ぜ、全部100点だって……」
「まさかこれは……傷は浅いうちに何とかするものです。ひより…自首してきなさい」
「全部実力だよおお?!」
知られたら疑われそうだと黙ていたのに、結局これだ。
「オレたちは、もう落ちぶれていくしかないようだぜ……」
「そうね、やられ役はここで退場しましょう……」
「ザマァなんてしないってばあああ?!」
こうして暖かな日常は一時の終わりを迎え、非日常へと足を向けるのであった。
◇
七月下旬午前7時
仙界で30日の体験留学をすべく、自宅から母親と共に出発しようとしていた。
「ひより忘れ物はない?」
「うん」
「もう一度必要品を確認なさい」
「大丈夫だってば~」
「でも荷物が少なすぎるわよ?本当にそれだけでいいの?」
「ほら、ここ見て。大体のものは向こうで用意してくれてるって書いてるでしょ」
「う~ん、本当に大丈夫かしら……」
玄関前で母親が不安な表情を浮かべ、ひよりに苦言を濁していた。
母親の視線の先にはひよりの荷物――修学旅行と同程度の量しかない――が鎮座している。
二泊三日と変わらぬ荷物量。30日も過ごすにしては明らかに少なすぎる。
これでは不安になるのはしかたないが、事実これで問題ないのだ。
「ほら、大丈夫だって。電車に間に合わなくなるから行こ!」
「そうそう、ひよ姉なら山の中でも裸で生き抜けるから大丈夫だって」
「はっはは!母さんは心配し過ぎだよ!」
「裸じゃ無理だからっ!もうっ…行ってきます」
「気をつけてな~」
頬を膨らませながら、渋る母親を押し出し家を出た。
◇
地元駅から仙界異界ゲートの最寄り駅まで、数回の乗り換えを経て3時間。そこからバスに揺られて更に1時間。
芒野原が駅まで迎えに来る案もあったが母親が断ったのだ。
異界ゲートへ一般人が近づける機会は少なく、ひよりの保護者としての同伴を理由に見学したかった為である。
「ここが異界ゲート入口なのね~。お土産売り場はどこかしら?」
「観光に来たんじゃないんだから……」
完全に観光目的な母親に呆れるひより。
内部は空港のロビーのようになっており数件の売店や飲食店が営業している。
予定時刻には余裕があり、母親の提案で集合場所を確認してから昼食をとることになった。
まばらな観光客を横目に、一般開放エリアを進んで行くと、丁度よく出入界管理場から芒野原が出てくるのが見え、彼女に近づき挨拶をする。
芒野原がひよりを見て一瞬固まったような気がしたが、すぐに挨拶を返してきた。
「芒野原さん。本日はありがとうございます」
「あら、お母さま。私としてはひよりさんが来るのを楽しみにしておりましたのでお気になさらず。予定時刻までまだありますし、まだ済ませてなければ、昼食をご一緒にどうですか?仙界の食材を使ったオススメの店があるんです」
「まあっ!それは是非ご一緒したいです!ひよりもいいかしら?」
「うん、大丈夫だよ〜」
「それでは行きましょうか」
「楽しみね〜!ここまで食事をしに来た甲斐があるわ!」
(あはは……本音全開になってる……)
現地人に観光スポットの紹介をしてもらっているかのような母親に苦笑しつつ、芒野原の先導に従うのだった。
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