第13話 理想と現実
「ふっふっふ……どうだサインでも欲しいんか?」
鼻高々に語る、意気揚々とした態度の葛の葉。
対するひよりの心境は惨たんたるものであった。
(どうしよう…知らないって言いづらい……)
「今なら手形も押してやるぞ」
特典まで付けてきた。
一応「お~」と感嘆の声を発し、愛想笑いをしている。
が、何処の誰かも分からない、そんなサインや手形などに価値を見出せない。
正直、肉球をそのまま触れる権利だったり、後ろでモコモコしている艶の良い尻尾に埋もれる権利のほうが有難みを感じる。
むしろ思考を割かれたせいで、葛の葉の正体よりも、何本も有る尻尾の数のほうが気になりはじめた。
ひよりが大して反応を寄こさないので、流石に葛の葉もおかしいと思い始め「まさか…」と呟く。
「…知らんのか?」
「……ごめんなさい」
頭を抱えてうずくまった。かわいい。
「ぬおおお……これではただの自称有名人ではないかあ~!『清明の母、葛の葉』と言えば『殷の紂王の妃、妲己』と、『鳥羽上皇の寵愛、玉藻の前』に並ぶ、この国の妖狐三選に選ばれる狐だった筈ううぅぅっ!わっちは有名人だと信じとったんだぞおおぉぉ!」
「清明って安倍晴明ですか?大丈夫です!ちゃんと知ってます!」
「や、やめて~!恥ずかしいからもう言わないでえええ……!」
頭と尻尾をふり乱す葛の葉に、止めの一言。
有名人の親が、一緒にテレビに出たこともあるから私を知ってるはず、と意気揚々と名乗ったようなものだ。
だが実際に有名人の親族なんて、炎上時ぐらいにしか興味を持たれないわけで、全く記憶にも残されていない。
ただの赤っ恥だ。
ひよりもどうしていいかわからず、その場でオロオロするばかり。しっぽもふりたい。
――葛の葉が落ち着くまでに、しばしの時間を要した。
◇
「すまん、醜態を見せた」
(本当にそう…)
「ここに来る者は皆、全員知っておったのだ……まさかとは思うが予習していたのやも知れん」
うつむいているせいか、ひと回り小さく見える。
可哀想になったひよりは別の話題を探す。
というかこの空気は嫌だ。
誰かがひよりの顔を見たのならば両眉を下げて困り果てているのを読み取れただろう。
「息子の清明は父の入麻と違い有能であったが故、わっちにも配慮をしてたのだろうて」
(な、何かないかな…)
「思えば入婿先の阿部家からも毎年感謝状が届いておったわ。そこの掛軸は清明を描いたものでな」
(え~っと)
「時の天皇から御用画家へと直々に申し入られた由緒正しき作品なのだ。現世に持って行けば」
(あ、そうだった!)
「とんでもない価値が付くこと間違いなしではあるが…」
自己紹介前までの会話を思い出したのだ。
止めどなく流れる清明語りに割り込む。
「あ、あのっ!」
「…ん?どうした?」
「さっきの話の続きなんですが……『半仙』がどうとかいう」
「嗚呼、そうであったな。説明に入ろう」
(ヨシっ!)
「何も知らぬようであるし基本から全部説明するぞ」
真面目な雰囲気に戻ったので「お願いします」と礼をし姿勢を正した。
「そもそも『仙人』とは人間の『仙道』を指す言葉だ。わっちであれば『仙狐』であるな。でだ、そうなる為には特別な才能を目覚めさせる必要があり、長年の厳しい修行、先達に教えを乞う、おぬしの場合は現世の技術を使ったのだったな。そうして目覚めた者は、世に流れる『気脈』と呼ばれるエネルギーを感じ取れるようになり、意識的に触れることが出来るようになる。ここまでは良いか?」
「た、多分…(能力発露したところまでの話だよね?)」
「んむ。大事なのは次からだ。『気脈』を体内に取り込み昇華すると『仙気』と呼ばれる状態となり体内に留めることが出来るようになる。その『仙気』を持つものが『半仙』と呼ばれる。そして弛まぬ鍛錬を続け、魂魄にて『仙気』を練り上げるようになった者をマコトのセンと書いて『真仙』と呼ぶ」
(……私はまだ『仙人』になってないのかな?)
眉を寄せ首をかしげるひよりを見た葛の葉は「しばし待て」と言い残し茶室を出る。
彼女の説明を脳内で整理していると「これを見よ」と言いながら黒メッシュが入った金髪の女性がホワイトボード片手に入ってきた。
(だ、誰?!)
突然の新人物参入に目を見張る。
白地に植物の葉が描かれた着物に、足元まである朱色の袴。
大正ロマンのハイカラ着物だ。
「何をそんなに驚いておる?」
(あれ?この声って……)
女性から発された声に既視感を覚える。
「わっちだ、葛の葉だ。変化しただけぞ」
「ああ!ずっと狐の姿だったから、ビックリしました」
「??わっちは狐なのだ、当然であろう」
ひよりの驚愕の言葉に心底不思議そうに答えた。
少し考えて「ああそうか」と葛の葉は口から漏らし…
「現世の物語であるように、人外が人の姿に憧れ常に人型で変化生活なんぞはせぬ。必要ならば要所での変化も吝かではないが、常にしよる者など早々おらんわ。おったとして、他人を騙くらかす詐欺師や乞食、さもなくば特殊性癖の持ち主である可能性が高い。不必要に変化し続ける者には気を付けるのだぞ」
「はい…」
夢のない話だった。
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