第12話 忘れられた仙域
ひより達3人は、参拝客の波に流され、頂上へ辿り着いた。
ここまでノンストップだったので、万を超える鳥居の感動よりも、山を登りきった達成感で溢れていた。
「も…もう無理、休憩…しますわ…」
「大丈夫…?」
「麗奈は体力ねぇな〜。ひよりより少ないとか相当だぜ?」
「屈辱…ですわ…」
「私に対する偏見が酷い?!」
ひよりは心配そうな表情から一転、流れる様に目を見開き慄いた。
無駄にいい反応をする事こそが、イジられる原因なのに全く気付いていない。
「私は気にせず見学しててください…」
「んじゃ、10分経ったら、またここに集まって記念写真な!おっさき〜」
「あっ、なっちゃん!も〜!麗奈ちゃんゴメンね、私も行ってくる」
「いってらっしゃ〜い」
麗奈はベンチから手を振る。
ひよりはすぐ追いつくと考えていたが、人が多すぎて見つからなかった。
(う〜ん……グルッと周って戻っちゃおうかな)
早々に夏美を探すのは諦め、探索へと舵きった。
10分……待つに長いがするに短い時間である。貴重な時間を探索に費やすのは躊躇われたのだ。
(あれ、人が全然いない?スタッフ用のところに入っちゃったのかも……)
先程までの喧騒と一転し、そよ風の鳴る音すら聴こえる静けさ。
細道の先からは、強く気持ち良い流れを感じる。
(気になるけど時間もアレだしもど……!?)
「誰ぞの遣いで来臨か?」
「ほゎっ!」
背後からの声に驚愕し、慌てて振り返る。
そこにいたのは麦穂のような金の毛並みをした多尾の狐。
漆黒の模様が河の流れのように駆け巡り、崇高な気配を際立たせる。
(きききっ、狐が喋ってるう〜ぅ?!どどど、どうなってるの?!)
「半仙や、アホウのように驚かんで、なにぞ言うたらどうだ?」
「あえっええ?ええとなんで…喋ってるの?」
焦って思うがままを口に出してしまった。
「……師匠の顔でも見とうあるな」
(よくわかんないけど、これ、親の顔でも…と同じなんじゃっ?!)
半眼になった狐の金眼から視線を逸らし「ご、ごめんなさい…」と呟くも、返答は溜め息だった。
「……まあよいわ。半仙よ、いかな所為にて来臨か?緩徐で構わぬ、申してみよ」
(た、たぶんここにいるわけを聞いてるんだよね?)
小難しい言葉のせいで、何を言っているのか殆ど理解していなかったが、ひよりの考えは大体あっていた。
「えっと…ですね、修学旅行中に歩いてたら、いつの間にかここにいて……あと私、師匠とかいないし、早く戻らないと待ち合わせに遅れちゃうしで……」
「ただの迷子か?」
「あ、はい……」
顔を真っ赤にしてうつむいた。
中3にもなって恥ずかしかったが事実である。事実とは時として人を辱めるのだ。
「なら少し付き合え」
「あの…待ち合わ……せが……!!?」
ひよりの言葉の途中、眼前の狐からとてつもない力が溢れ出す。
力は周辺へと拡散し一帯を囲い込んだ。
「へ…え?な…なにこれ?!」
今生で初めて目にした仙術に驚き戸惑う。
「【羅雪陣】……うむ、これで時間はいくらでもとれるぞ」
仙術の影響か、狐の言葉が震えて聞こえた。
◇
ひよりは四畳半の茶室に狐と二人、座布団に座っていた。
伝統的な茶室といえばコレっ!とアピールすれば太鼓判を押されること間違いなしの造りである。
床の間には、狩衣の男性を描いた掛軸が飾られている。
「いや〜!すまんすまん!脅かすつもりは無かったが、反応が良いのでついついな!半仙であるから、何処ぞの神仙の遣いかと思えば自己流とはのお」
早口で上機嫌に話す狐に戸惑いながらも、ひよりは尋ねた。
「えっと……時間はいくらでもって言われてついてきたけど、どうゆうことですか?」
「嗚呼それか!わっちの術の効果で一秒がホボ一日になっておる。久々の客なのだ、現世なんぞ気にせず、ゆっくりしていくとよい!」
「ええ?!それって身体の影響、大丈夫なんですか?!」
「常命の者ならまだしも、おぬしは半仙なのだ問題なんぞありはせん」
ひよりが心配したのは、VR没入技術の延長で発明された思考加速装置による弊害だ。
本来人間の身体は一定以上(個人差はあるが)の性能を発揮できないよう、リミッターによって制限されているが、それを無視する技術だ。
1.2倍程度ならば常用しても大きな問題は起きなかった。
企業側もこれ以上は危険である事を認識していたので、あえて制限していた。
しかし便利な技術をより便利に…と考える人の手によって、安易に改造された思考加速装置で脳内を焼かれ死ぬ事象が多発。
事態を重く見た各国政府が共同基準を発布し、使用および所持に国際規格の免許が必要とされたのだ。
まさかのお墨付きにポカンとするが、自身を『半仙』と連呼している事に疑問を感じた。
恐らく半分『仙人』という事だろうと思われるが、実際のところは聞くしかない。
「あの、『半仙』ってなんですか?能力発露は『仙人』だったんですが何か関係が?」
「現世の技術で目覚めた自己流ならば、わからずとも仕方なしか……おぬし、名を聞いておらなんだな名乗りを許す」
「わ、私は逆井ひよりです」
「日和か、良い名だ」
目を細め首を上下しながら感心する狐。
そんな狐に今しかない!と問いかける。
「あの、狐さんは、なんてお名前ですか?」
狐はピタリととまる。
ひよりに視線を向け、口をニヤリと歪めながら名乗りをあげた。
「わっちを現す名は幾多にも存在する。だが、この国で最も有名な名を名乗るとすれば……」
真面目な雰囲気になり姿勢を正す。
実はとんでもない有名人?狐?なのではないかと思考を巡らす。
ドキドキと高鳴る心臓に表情も強張る。
「――葛の葉。
そう、葛の葉と呼ばれておる」
(!!?)
衝撃の事実に言葉をなくす。
葛の葉の名前を反芻し、最初に浮かんだ思考は……
(え〜っと……誰????)
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