第10話 幕間 仙界に鳴り響く
緑溢れる森林の上空。
仙界ではありふれた建造物に芒野原はいた。
空に浮かぶ岩山、仙天山と呼ばれるソレに築かれた、仙道集う修練場だ。
その最奥に住まう主人の部屋、薄布で隔てられたその奥へと片膝をつく。
「ただいま帰山しました」
「うむ、ご苦労。して…どうであった?」
薄布の奥から応えたのはしゃがれた声。
「基礎ではありますが、気脈を収奪し仙気へと昇華していました。目覚めて数日でありながら、師もなく行った技量に才能差を心底感じました。私ごときでは足元にも及ばないかと」
「なあに、気にすることでもない。術理を求めねば、宝の持ち腐れじゃ。昨今は仙具扱いに比が置かれておる、才能の差など簡単に埋まるわ。それに、仙気枢要は弛まぬ鍛練にこそある」
語られたのは仙界の現状。
仙術とも呼ばれる、魔法にも似た古い奇蹟。
長年発展し続けた仙具の利便性の前に、もはや廃れつつある技術だ。
「しかし昇華まで8年もかけた身としては、焦りざるを得ません…」
「冗句も程々にせい。年に何度も界を渡っておれば当然の結実よ。幸よ…我等は定命のモノとは……」
「お待ち下さい!」
薄布の奥から聞こえた苦言に慌てて止めにはいる。
芒野原は懇願するように表情を歪める。
「む…すまぬ。我等とは時代が異なるのだったな。歳だけ無駄に得た老人の戯言と捨ておくがよい」
「ご配慮痛み入ります」
「嗚呼。コレだけは秘めておけ。最期に悔いだけは残さぬようにな」
「……はい」
部屋の主人は恵まれた時代を羨みながらも、仙道の末路に思いを馳せた。
その間、場を沈黙が支配する。
「そうじゃ!」
薄布の奥から、気鬱を掻き消すように、快哉声を発した。
「期待の新仙は何時、界を渡るのだ?他の八老仙君にも伝達せねばなるまい」
「七月下旬から三十日の体験留学の予定です。その後、本決まりになれば、翌年四月から入仙となります」
「ふむ…丁度良い、万仙島へ八老仙君を集結させるかの」
薄布にうつる影が立ち上がり、身体を伸ばす。
「まさか自ら行かれるつもりですか?伝令など私が行いますが…」
普段外出もしない部屋の主人に訊ねる。
「稀には体を動かさんとな」
黄金の瞳
磨銅色の艶やかな毛
細くしなやかな足
ご機嫌な尻尾
薄布の間から現れた『仙猫』万雷道君。
その身を雷に乗せ、万里を駆ける八老仙君が一角。
「あとは任せた」
「承知しました……」
「では行ってくる」
返答するや否や、仙気を練って術理により顕現した雷に飛び乗る。
火花飛び散るそれは、仙術と呼ばれる奇蹟の行使。
【雷乗】
万雷道君を見送り、尚も残る熱気に当てられながら、芒野原は小さく呟く。
「消火しないと……」
白色に染まった視界から、快癒した目で見た最初の光景は、焼け焦げた内装の数々。
仙天山『万雷郷』で修行する先達より「室内での【雷乗】行使は静止しろ」と咎められるのであった。
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