第9話 芒野原幸〜すすきのはらみゆき〜

「シちゅれいします」


学年主任に続いて応接室へと入室したひよりは、緊張を隠しながらも練習通りに振る舞おうとしている。

が、本人はなんとかしているつもりでも、強張った表情や声質は明らかで、全くもって隠せていなかった。

そんな彼女を放置して状況はドンドン進んでいく。


「本日は我が校の生徒のために迅速な対応をしていただき、誠にありがとうございます。こちらが、面談申請を致しました逆井ひよりです。」

「ゴチョう…かいに預かりました、逆井ぴよりです。ほんじちゅは…ヨロシクお願いしまヒュ」


大失敗だ。

頭を下げて他人からは見えないのだが、恥ずかしさのあまり真っ赤にしているのは想像に難しくない。

今にも泣き出したいし、過去に戻ってやり直したいまである。

しかし悲しい事に、個人面談は開始してしまったのだ。



時は戻り生徒指導室。


「今回、普通の面談とは違ってラッキーな点があるんだが分かるか?」

「……ラッキーですか?あの、早くても明日以降だと思ってたので、どう考えてもアンラッキーなんですが……」


予想外の言葉で、困ったように両眉を下げる。

学年主任は「そう思うのも仕方がないが…」と口角を上げて笑う。


ひよりは犯罪教示でもされている気分になった。


午前中、真剣に面談のいろはを教えて貰い、悪い人ではないと頭では分かっているのだが、顔と口調で全てを台無しにしている。

第一印象の大切さを、その身をもって生徒に教えている学年主任の偉大さを噛み締めた。


「急に押し掛ける形になるのがマナー違反なのは、面談担当者だって分かってるに決まってるだろ。お前が準備不足なのは織り込み済みで、失敗しても笑って許してくれるさ」

「そうなんですかね……」

「ああ、間違いない。とんでもなく無礼な態度をとらなければ問題ないはずだ」

「無礼な態度…ですか?」

「そうだ、実際にいたんだが…」


苦虫を噛み締めたような表情になる。


「異世界で奴隷ハーレム作るのが夢やら、俺とここで勝負だとか、逆ハー作ってチヤホヤされたいみたいな事を面談でいいやがったらしい」

(えぇぇ……)

「そういうのは物語だから面白いのであって、現実だと異常行為だ。友人間で冗談混じりに言う分には構わないが、面談の場では現実的な視点で発言してくれ。」

「はい!」

「いいか?現・実・的・にだぞ?」

(やらかしたばっかだから、釘刺しにきた〜っ?!)



ひよりは礼をやめて、真っ赤になった顔を晒す。


(大丈夫!まだ、大丈夫なはず?!)


応接室で待ち構えていた担当者は二十代の女性に見えた。

現在進行形で失敗しているひよりにも優しい眼差しを向け「こちらこそよろしくお願いします」と微笑みかけてくる。


「こちらの要望で急遽、個人面談になったのです。普段通りで構いませんよ。では、遅ればせながら自己紹介させて頂きます。今回、面談を担当します芒野原 幸と申します。今でこそ仙界に所属しておりますが、元来こちらの生まれです。気になることがあれば気兼ねなく質問してくださいね。」



挨拶が終わると学年主任は応接室から退室した。

残る二人は机を挟んで向かい合い、黒皮のデスクチェアに腰掛ける。


「ふふ、本当にごめんなさいね。能力発露したばかりだと色々大変ですし、すぐに会う必要があると思ったんですが…」


芒野原はじっとひよりを見つめる。

が、すぐに首を横に振った。


「基礎とはいえ使いこなせています。こちらの空回りでした。申し訳ない。」

「い…いえ、お気になさらず」


大人の女性に謝罪され、複雑な気持ちになったが、基礎ができていると聞いて内心喜んでいた。

もちろん顔にも出ていた。


「ただ、初心者にありがちなのですが、集中するあまり周りが見えなくなり、気づいたら数年経っている事もありまして……本来ならば他者の監視下で行うのが望ましいのです」

(す、数年?!二日で見つかってよかった!)


にやけ顔から一転、真っ青になる。

褒めてから落とされることで、自身の無謀さを改めて自覚させられた。


「ですので、才能あふれるひよりさんには申し訳ありませんが、仙界に留学するまでは控えてくださると……」

「……わかりました」


数秒の沈黙。


「すいません、説教のようになってしまいました……そうですね、私のことは近所のオバさんとでも思って下さい。こう見えて46ですから」

「えぇ?!全然見えな、あっ…」

「少しは緊張が解れましたか?」


芒野原が微笑む。


「それでは仙界留学の受け入れ審査のため個人面談をはじめます。普段どおりにリラックスしてくださいね」

「はい…よろしくお願いします」


そこからは学年主任に詰め込まれた面談対策のおかげで終始無難に対応できた。

結局のところ、ひよりは掌の上で転がされていただけのようだ。



面談終了後、応接室にやってきた学年主任を加え、三人で机を囲む。

しかし会話しているのは学年主任と芒野原の二人だけだ。


「こちらとしては問題ありません。一カ月の体験留学も申請されていますので、そちらを終えてから最終的な決定をしていただければと」

「いやあ、入室時に緊張で噛みまくってるのを見た時はもうダメかと思いました。こんなヤツですが、よろしくお願いします」

「はい、承りました。ふふ…まだ中学生ですし、これからですよ」

「そう言ってもらえると助かります」


年長者に先程までの自分を、目の前で評価される。

それはひよりにとってむず痒くも、恥ずかい時間であった。


(これいつまでやるの?!は、早く終わらせて〜!)


願いもむなしく、話は普段の生活態度にまでにもおよび、20分近く経ってから、ようやく解散したのであった。

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