第7話 武勇伝は永遠に

検査結果は問題なしであったが、ひよりが総合病院から帰宅したのは翌日になってからだった。

一見問題なくとも、安静にしてしばらく経ってから異常がでることもあるので、一晩でいいので検査入院しませんか?と病院側からの提案があったのだ。

遅れてやってきた両親も「そのほうがいい」と賛同した。

「遠出するなら行先ぐらい伝えておけ」と叱られるも、実際その通りなので黙ってお叱りの言葉を頂戴した。


さて、鈴木が言っていた「毎年恒例」は本当のことではあったらしい。

全国で毎年一人か二人、漫画やアニメで出てきそうな能力を発露したことに気を良くし、漫画やアニメの修行を真似して近場のそういった場所へ立ち入ってしまうそうだ。


ひよりの住む地域では、これまで捜索願いが出されることはなかったため、そこまで深刻に注意されていなかったのだが、今回の事で「こういった事例があったので」と注意喚起が強化されるだろうと菊池に語られた。

ちなみに鈴木は「地域で一番ですよ!歴史に残る有名人です!やりましたね~!」と軽口をたたきながら頭を叩かれていた。


帰宅後、兄の夕夜からは「俺がお前だったら同じことしたと思う。次気を付ければいいさ」と温かい言葉をかけられる。

弟の朝日からは「姉ちゃんの事、学校で噂になってたよ」と死刑宣告をされる。


ひよりは「明日の学校どうしよう…」と頭を抱える。


「自分で蒔いた種なんだから受け入れなさい」

「毎年『能力発露して有頂天になった子が山で遭難した事例があるから何かする前に先生か両親に相談するように』って注意事項が回るようになっただけさ。名前までは出回らないよ。はっはっは!」

「お前の姉ちゃん行方不明なんだって?って聞かれたから名前は近所に出回ってるよ」

「毎年この時期に強制的に思い出されるのか……辛いな」

「ま、毎年思いだされちゃうの~?!」


人の噂も四十九日というが、それは誰も話題にしなくなる日数である。


しかし毎年4月に今回の出来事が事例として挙げるられせいで

「そういや、そんなこともあったなぁ」

「え、知ってるの?」

「ああ…逆井さんとこのお嬢さんが――」

と毎回どこかの家庭で話され

それを聞いた子が友人に

「なあ…知ってるか?」

「何が?」

「こないだあっただろ、能力発露後の注意で山で遭難した…って話」

「あ~!あの馬鹿話な!普通んなことしねぇって、どんな奴だったんだろうな?」

「あれさあ、逆井って人の娘らしいぜ」

「え、男じゃねぇの?!」

「俺もそう思ってたんだけど――」

こんな会話が繰り返されるのである。


無常であるが、ひよりがこの地域に住むかぎり、毎年4月に「あの人が~」「全然見えない~」と後ろ指を刺されるのだ。

家族の会話から、そのことに思い至ってしまう。


(まってまって、無理無理無理!こんなの耐えられない!な、なにか…何か方法がない?!えっとえ~っと…そうだ、引っ越せばいいんだ!私の事を誰も知らない新天地でデビューすればいいんだ!丁度良く異界留学の話もあったんだから、何が何でも留学しよう、そうしよう!みんなには悪いけど数年帰ってこなければ話題にもならなくなってるでしょ!)


そこには頭を抱えた子供はいない。

錯乱したまま決意を胸に宿した女がいた。

ひよりは家族に宣言した。


「わたし!絶対に異界留学するね!!」


「前向きなのか後ろ向きなのか分からないわね」

「これも人生経験ってやつさ、サポートしてやろうじゃないか」

「どっかに行ってしまいたいんだな……気持ちは分かる」

「異界留学って、カッコいい事だと思ってた」


家族からの暖かい声援に後押しされ、決意を新たにするのであった。



翌日、登校したひよりは教室で、クラスメイト達から詰め寄られていた。


「逆井さん大丈夫だった?」

「無事で良かったね~」

「体調悪くない?辛かったら言ってね」

「心配したんだよ!」

(こ、心が痛い……)


目を瞑って、ちょっと集中してたら2日経っていた。

何か辛い思いをした訳でもなく…登山は辛かった。

「登山は辛かったけど、なんか大げさになってビックリだよ。なんにも問題ないよ」

そんなことを言い出せる図太さが、ひよりに存在しない。

散々周りに迷惑をかけてしまったのだ。

茶化すようなことを言わず、純粋に心配を口にするクラスミト達。

彼らへの後ろめたさと共に、ありきたりの言葉を返すことしかできなかった。


「みんな…心配してくれてありがとう……」


クラスメイトと一通りの会話を交わした時、学年主任が顔を出した。


「おう逆井、今日はちゃんと来てたか、ちょっと話があるからついてこい」

「は、はい!」


周囲から「気を付けてね」「なんかされたら叫んでいいから」と先ほど以上に心配の声をかけられる。

ひよりは「うん」と頷きながら、確認もせずに歩きだした学年主任の背中を追う。


(今回のことで色々言われちゃうんだろうな~。やだな~)


行きついた先は、職員室の隣にある生徒指導室。

問題を起こした生徒が連れ込まれると噂の部屋に、憂鬱な気持ちのまま踏み入るのだった。

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