第5話 道外れた先で
「はぁ、はぁ…やま、のぼ、り…なめ、てたかも……」
両肩で息をしながら、ひよりは若干後悔していた。
事前情報には頂上まで2時間とあった。
だがそれは当然のように休みなく歩き続けることができる者に限った話だ。
150cm弱という小柄な身長なうえ、慣れない山道で何度も休憩しているので、ようやく七割といったところ。
「もうこれ以上登りたくなーい……」
しかし街中からこの山道までの間に、昨日から感じていた流れが段々と強くなっているのを、ひよりはその肌で実感していた。
(これだけ分かりやすければ、もう十分だよね?)
疲労から山道の端にレジャーシートを敷き、その場で瞑想しようかと一寸考える。
だが、ここまで何人かの登山者と挨拶をかわしており、瞑想を途中で中断されるのではないかと思い至った。
少し考えた後……
「そうだっ!ちょっと森の中に入って、良さげなとこを見つければいいんだ!」
名案を思いついたと笑顔になる。
ひよりは小休憩で若干軽くなった足を道外へと踏み出した。
比較的なだらかな木々の間を数分進んだ先に、開けた場所を見つけた。
そこは高さ3メートル程の斜面を下った先にある小さな河原であった。
(いい感じの場所だし、おりちゃおーっと!)
ひよりは滑るように斜面を下る。
数歩足を進め、周囲を見回す。
目についた、座りが良さそうな岩へと近づき、カバンの前ポケットから出したレジャーシートを敷き、そのまま腰を下ろした。
「はあ〜、疲れた……いい時間だし、おひるにしよっと」
音程の外れた鼻歌を鳴らしながらカバンを漁る。
まずは水筒を取り出し、お茶を飲む。
一息ついて、家から持ってきた菓子パンを袋から取り出し、食べ始める。
(そういえばメッセージきてるかな〜?)
ブレホに指をおき、空中ディスプレイを起動しメッセージを確認。
自分が寝たあとも、二人は寝ていなかったようで、朝までの会話ログが溜まっていた。
読み進めると、クラスの誰が何の能力だった等、昨日の結果が羅列されている。
(これダメなんじゃないの?職員の人も注意するように言ってたよね……でも目に入っちゃったのは仕方ないし……ん〜)
悩みながらも菓子パンを食べ終わったひよりは、食後のお茶を飲む。
水分を補給した脳裏に、大昔のアニメの切り抜きシーンが流れる。
『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』
アニメは時代を超えて、子供達に叡智を授けるのだ。
(うん!誰にも言わないきゃ大丈夫だね!)
可愛い子が言ってたし問題無いと納得し、空中ディスプレイを閉じようと指を動かす。
が、その時バッテリー残量が目に入る。
(あちゃ〜、充電忘れてたから残りちょっとになっちゃってる……とりあえず電源切っとこ〜っと)
ブレホの電源を落とし、レジャーシート以外をカバンに片付ける。
「よしっ!やるぞ〜!」
両膝の上にカバンを乗せて目を瞑る。
スゥーっと息を整え、漫画や小説の修行法を思い出す。
(周りの流れを感じて自分の中に……だっけ?)
流れに意識を向ける。
無意識に感じていた先程以上に、明確な流れを感じた。
地面の下に大きな流れがあり、そこから上空へと真っ直ぐに向かう沢山の小さな流れへと分岐し、高所から様々な方向へと散らばっていく。
おそらく山の木々であろう、それを真似て地面から吸い上げようとするが……上手くいかない。
ならば、と周囲に流れている風に乗った流れを意識的に取り込んでいく。
1分…5分…10分と時間のが経つのも忘れてのめり込んでいくが、自身の周りのみでは身体中に行き渡らない。
(足りない……)
もっと、もっと必要だ…と流れへと思考を向ける。そして、取り込める範囲が増していく。
同時に身体の中へと流れ込む、力の奔流が自分自身を満たしていく。
身体に流れが注がれ、取り込む範囲が増す。
そこへさらに注がれ、より範囲が増す。
この繰り返しが幾多にも続き、いつしか地中へと範囲がひろがっていく。
無限にのような繰り返しに、ひよりの思考はいつしか無くなっていた。
ただ、そこにある風のように
目を閉じたまま、全てを見通す。
いつしか流れだけでなく、小さな塊を感じ、あちらこちらと、意思を持つかのように動きまわる。
少しすると、大きな塊が近寄ってきて……
「大丈夫ですか?!」
背中を揺らされ目を開く。
「!?」
「大丈夫ですか?!逆井ひよりさんで間違い無いですか?!」
「あ、はい……そう、です…?」
ゆっくりと後ろへ振り向く。
白いワイシャツの上に紺色のベスト、頭には制帽を被った成人男性が目に入る。
ひよりが呆然とする中、男性は続ける。
「見つかってよかった!登山上級者でも道を外れると遭難してしまうこともあるんですよ!それにこんな軽装だなんて……」
「まあまあ、説教はそれくらいにしてあげなさい。まずは二日ぶりに下山させてあげよう。消耗してるだろうし君がおぶってあげたほうがいいかもね」
男性のさらに後ろから同じ服を着た中年男性が声をかける。
「警察の……ひと?」
「そうだよ、もうとょっと頑張ってね!」
(え?なんで?ていうか二日ぶり???)
自体が飲み込めないまま、ひよりは2人の警察官に身を任せた。
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